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2008年10月

『日本一の男の魂』 喜国雅彦

『日本一の男の魂』にいう漫画をご存知だろうか? 今年、休刊したヤングサンデーに昨年の五月まで連載されていた傑作エロギャグ漫画である。

飲尿プレイがあったり、男が男にフェラしたりと、活字にするとかなり下品なことをやっているのだが、読んでみるとさほどドギつくないのは、恐らく著者の人間性だと思われる。フェティシズム中心のネタが多い。

この人は主にギャグ漫画を生業にしているのだが、多才なので『月光の囁き』という谷崎テイスト溢れる青春漫画を描いていたりもする。こちらもフェチ要素の強い作品だ。

さて、話を『日本一の男の魂』の方に戻そう。

この漫画の第八巻に収録されている『日本一の座布団男』という話がある。

どんな話かというと……

桜という女子高生が、偶然、松村君の顔を座布団替わりにしてしまう。ギャグ漫画なので「そんな偶然あるか!」というツッコミは置いといて、この松村君は本当に扁平な顔をしているのだ。

「顔に座ってごめん」と謝る桜ちゃんに松村君は照れ笑いを浮かべながら言うのだ。

「僕の顔でよかったら座ってくれていいよ。桜さんの座布団になら喜んでなるよ」と。

その後も二人の関係は続くが、常に松村君は桜ちゃんに座られている。

高校生活が終わりに近づいたある日、桜ちゃんはしみじみと松村君に語りかける。

「ありがとう。あなたの顔座布団のおかげで私の高校生活は楽しかったわ」

「僕もだよ」と松村君。

女子大の試験に臨む桜ちゃん。しかし、問題に集中できない。なぜならそこに松村君がいないから。

桜ちゃんが困っていると、ドアが開く。入ってきたのは松村君。走ってきたのだろう。呼吸が荒く、その顔は汗まみれだ。

「なんだ君は?」と尋ねる試験官に、「あそこの女子高生の座布団です」と言い放つ松村君。

遅くなってごめんと謝る松村君に桜ちゃんは尋ねる。

「あなたの試験はどうしたの? 今日でしょ」と。

俯きながら答える松村君。

「決めたんだ。僕はずっと桜さんの座布団として生きていくと」

試験官に座布団としての入室を許可された松村君。時間がないので、試験に集中する桜ちゃん。

時は流れて六十年後……

二人の老人が縁側で茶を飲んでいる。

「いい天気だな、ばあさん」

「本当ですね。おじいさん…」

おばあさんの顔は見えているが、手前にいるおじいさんの顔が確認できない。

でラストのページ。

「あの鳥はなんじゃろ?」と尋ねるおじいさんの顔は、吹き出しに隠れて依然、確認できない。

「えーと、あれはね――」と空を見上げるおばあさんの尻の下には、年老いた松村君の姿。学生服のままだ。

松村君は高校卒業後もずっと桜ちゃんの顔座布団として生き続けていたのだ。

この話を読んだ僕は、ギャグ漫画だというのも忘れ、胸が締め付けられるような切なさに襲われた。なんて悲しいんだ松村君。愛する人の傍にいられるのなら、例え顔座布団でもいいのかと。

近くて遠い距離感というのは本当に切ない。たまにもう少しで届くのではと錯覚してしまう事もあるだろう。でも届かないのだ。松村君がいくら頑張っても、桜ちゃんの恋人、夫には永遠になれないのだ。

尾崎豊の回帰線という二枚目のアルバムに『群集の中の猫』という名バラードがある。

その中に

『上手に笑っても、君の瞳に僕が映らないから』という歌詞がある。

これも泣けるほど切ない。相手に認識されていないというのは哀しい。

くしくもマンガに登場している松村君は全てのシーンで微笑んでいる。

僕が松村君に激しく共感したのは、これは自分ではないかと思ったからだ。

片思いの切なさは嫌になるほど知っている。

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季語

僕の母はもう定年を迎えて隠居暮らしをしているわけなのだが、最近新たな趣味を開拓しようと俳句を始めたらしい。

この前、帰省したときに母の作ったと思われる俳句が短冊に書かれて並べられていた。

一例を紹介すると

『立ち話 聞くや聞かぬや 葱坊主』

とか、まあこんな感じだ。

教養の無い僕には、これが素晴らしいのか、そうでないのかよく分からなかった。

実家で暇をもてあましていた僕は、筆ペンを片手に白紙の短冊に向かって思うがままに書いてみた。

『病院で 肉マンほおばるデブの子の ズボンの裾から

はみ出るヨコチン』

うーん、すぐに下ネタに走ってしまう。悪い癖だな、などと自作を見ながら一人ごちていると、ガチャリと玄関のドアが開き、母が買い物から帰ってきた。

「あんた、何してんの?」

「うん、ちょっと暇やったから俳句をやってみてん」

「ふーん」

買い物袋を両手に持ちながら、僕の書いた短冊を見つめる母。

「これ俳句ちゃうで」

「へ?」

「だって季語入ってへんやんか」

ここで僕は機転を利かした。

「あのな。ちゃんと見て言わなあかんで。入ってるやん」

「どこに?」

「最後のヨコチンや!」

怪訝な顔で僕を見つめる母。

「なんでこれが季語やの? ほんならいつの季節やの?」

「夏に決まってるがな」

「なんでやのん」と母。

「分かってないわ。あのなヨコチンは夏にするもんなんや。夏ってみんな半ズボンやろ?」

そうなのだ。小学校の頃、夏はヨコチン、ヨコキンのオンパレードだった。

小三の夏にそろばん塾で見た多田君のヨコキンは未だに脳裏から離れない。あれは美しかった。

さて話を戻そう。

にやりと笑う母。我が親ながら不気味である。

「せやけどやっぱりこれは俳句ちゃうで」

「なんでやねん。ヨコチンは……」

「いや仮にヨコチンを季語と認めたとしても俳句ちゃうわ」

「えっ……なんで?」

「俳句は五・七・五や」

その瞬間、僕は「あっ」と言ったきり沈黙してしまった。そんな根本的な問題だったとは。

得意げに続ける母。

「これは五・七・五・七・七やから、短歌やな」

「た、短歌……」

「あんた、もうそろそろ家出んと特急に乗られへんで。はよ帰り」

「はい。すいませんでした」

すっかり意気消沈した僕は、肩を落として最寄り駅に向かった。

ひつこいようだがやっぱり、ヨコチンは夏の季語だと思う。

共感していただけると、凄く嬉しいのだが……。

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女子高生とケツの穴

昨日、99円ショップで買い物をして外に出ると、出口付近で数人の女子高生が談笑していた。僕がその前を通り過ぎようとしたときその中の一人が口を開いた。

『常に唇、ケツの穴やで』

爆笑する女子高生たち。

合点のいかない僕は、家に帰るまで

唇とケツの穴の関係について知恵熱が出るくらい考え続けた。

『ツネニクチビルケツノアナ、ツネニクチビルケツノアナ……』

もうケツの穴ノイローゼである。

なるほど! そういう事か。

マンションの前まで来たとき、僕の頭の中で唇とケツの穴という二大キーワードが繋がった。

頭の中で『カチン!』という音が聞こえた。

多分、彼女たちの誰か共通の人間の話題で、その誰かさんの唇の形状が肛門によく似ている。それを頭に思い浮かべた周囲の女子高生たちが思わず爆笑してしまった。恐らくそういう事なのだろう。

すぼめた唇と肛門の形は確かによく似ている。

でもそれを公衆の面前で口にしてしまう女子高生ってどうなんだろう。

世も末なのかな。

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猪木に贈る詩『出来心』

この詩をアントニオ猪木に捧げます。

-----------------

『出来心』

妻の顎が伸び続けている

最初は気のせいかと思ったのだがそうではないようだ

寝ている間に妻の顎を毎日計ってみると

数ミリずつだが確実に伸びているのがわかった

原因は明らかだ

この前アントニオ猪木の握手会に二人で出かけたのだが

奔放な妻は手を握りながら猪木の顎に触れてしまった

私は猪木がぼそっと呟いたのを聞き逃さなかった

「俺と同じようにしてやる」

確かに猪木はこう言ったのだ

これは猪木の呪いだ

あんなに美しかった妻が

猪木のようになるのは見てられない

こんな事なら握手会に行くんじゃなかった

猪木は器量が狭い

馬場さんならこんな呪いはかけないはずだ

今はとにかく猪木が憎い

私はあの顎男を決して許しはしないだろう

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26日(日)の出来事

家を出たのが二時二十分。間に合うか? 御堂筋線に乗り淀屋橋まで急ぐ。特急(テレビカー)に乗り、車内で競馬中継を見る。菊花賞の発走時間は三時四十分、ということは馬券を買うの締め切りが大体、三時三十七分。淀駅に着いたのが三時三十分。間に合うか? 

プラットホームであることに気づく。

淀屋橋→淀 380円

なのについつい、いつもの癖で340円の切符を買ってしまった。淀屋橋から実家(淀より手前)までが340円なのだ。

自動精算機で不足分の40円を払わなければならない。駆け出す僕。精算機を見つけるが、おじいさんが機械の前に立ちお金を入れている。時計を見る三時三十一分。間に合うか?間に合うのか。早くしてくれ、じいさんよ。十円をゆっくりと財布から取り出し、一枚一枚、精算機へと入れていくおじいさん。その動作、とっても、とってもスローモー。

「あっ……」

おじいさんが呟いたので何事かと思ったら、十円玉が手から滑り落ちて地面へ落下していた。

『チャリーン』

十円をゆっくりと拾うおじいさん。そして再び精算機へ。「あああ、もうっ!」と顔をしかめ天を仰ぐ僕。そしてようやく僕の番、チャチャチャッと四十円を入れて、券を取り出し改札へ。なぜか踏み切りの前で兄と会う。

「走るぞ」と兄。

「アイアイサー」と僕。

ダッシュ、ダッシュ、ひたすらダッシュ。ダルビッシュ。がんばれ僕。負けるな僕。

「先に行く!」

と兄を追い抜かす僕。だが途中で逆に追い抜かれる。そうだ。兄はマラソンが趣味だった。

「先に行く!」と兄。

クッソー! これが世に言う”先に行く返し”か。

わき腹を押さえ、半泣きになりながら京都競馬場へ着いた僕は、入場料の二百円を払い門をくぐる。ガンバレ僕。あと少しじゃないか!

財布から紙幣を取り出し、券売機に突っ込む。続いてマークシートを入れて馬券を買う。間に合った。間に合った。どうにか間に合った。頭上の時計を見上げると三時三十七分。ぎりぎりである。安堵で思わず顔がほころぶ。

すぐさまスタンドへ移動し、レースを観戦。先週に引き続きまたもや大荒れ。万馬券。客席から起こるため息。

あの苦労は一体何だったんだと自失していると、ゴール板の前で表彰式が始まる。ゲストで来ていたアントニオ猪木登場。

マイクを掴んだ猪木さん。客席に向かって

「元気ですかぁ!」

バカヤロウ……こっちはちっとも元気じゃない。

肩を落とし人波の中へ消えていく僕。

ああくやし。これで私は二連敗。

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包装紙を変えてみると

この前、数えたら作った詩の数が千篇を越えていた。最初は何も考えず作っていたのだが、だんだんと数を重ねるうちに詩から離れていき、関西弁の口語へと変化してきた。

興味深かったのが表現していることは同じなのに、関西弁にした途端、受けが良くなったことだ。恐らくどぎついことや下品なことを言ったとしても、関西弁で緩和されているのだろう。

少し長くなるがお付き合い願いたい。

『少年』という自詩の詩を例に出して説明してみよう。

----------------------------------

『少年』

いつからそこにいたのか分からない

気が付くと私の後ろに少年が立っていた

なぜか下半身には何も履いておらず

陰部が丸出しになっている

何を言っても答えずに

ただニヤニヤと笑っている

薄気味悪いことこの上ない

彼は実在の少年なのだろうか?

それとももう死んでいるのか?

それすらわからない

ただただ私の方を見て笑っている

腹が立ったので私も負けじと

ズボンや下着を脱ぎ捨て

自身をさらけ出した

すると途端に少年が泣き出した

私の一物を指差し

「怖いよお、怖いよお、おじさんのチンコ怖いよお」

と泣きじゃくっている

何を言っているんだ

君も成長すれば私のようになるんだぞ

仕方が無いので気合を入れて

屹立させた

上下に動かし少年の気を引こうと思ったのがまずかった

彼は号泣しながら家を出て行ってしまった

悪いことをした

いや、そうではない

出て行かせるのが目的だったではないか

これでいいのだ

ずいぶんと冷静さを欠いてしまった

全ての問題は解決したかに見えたがそうではなかった

私のそれは天井を向いたまま

十代のようにそそり立っている

ああ、力の持って行き場がない

ツタヤの力を借りるしかないのだろうか?

そんなことを考えているうちに

私の一物はしぼんでいた

これはめでたい!

お祝いをしないとと

台所にいた家内に

赤飯にしてくれと怒鳴ったがまるで返答がない

というより家内がいる気配がない

こんなことばかりしているから

とうとう愛想をつかされたのだろうか?

下手をすればこれで×3である

ああ、また勃起してきた

こんな時だというのに何を興奮してるんだ

困ったやつだ

全く誰に似たんだ

----------------------------------

この詩を関西弁変換すると下記のようになる。

----------------------------------

『少年』

なんやねん、お前

どこのガキや?

どっから入ってきてん?

なんでズボン脱ぐねん

なんでやねん

チンコ見せんなや

チンコ見せんなって

なんで人の家に来てチンコ見せるねん

意図がわからんわ

おいおい、腰を振るな

左右に揺らすな

お前ちょっと揺らしすぎやで

人の家で揺らしすぎ

お前はクレヨンしんちゃんか

なんで笑顔やねん

めっちゃ笑ってるやん

向こう行けって

家帰れって

チンコ見せんなって

分かったわ

お前がその気やったら

こっちも手加減せえへんで

大人のチンコ見せたるわいな

逃げんなよ

ちゃんと目を見開いて見るんやぞ

どや!

これが大人のチンコや

なんで泣くねん

怖いとか言うなって

お前も大人になったら

こんなチンコになんねんからな

泣いてる場合やないがな

ほら見てみ

チンチンが上向いて大きなったやろ?

ほら上下に動かせるねんで

あーあ、泣いて家出てったがな

まあええか、追い払えたし

しかし、あれやなあ

この元気になったチンチン

今度は持って行き場に困るなあ

ちょっとツタヤ行ってなんか借りてこよか

でもこのまま外出たら捕まるしなあ

困ったなあ

うーん、困った

あっ! ちっさなった

チンチンちっさなった

これはめでたいぞ!

よっしゃ、今日は赤飯やな

ちょっと、おかあちゃーん

赤飯炊いてんか

おかあちゃんて

なんや誰もいてへんのかいな

----------------------------------

とまあこんな感じだ。人によっては一つ目が好みだという方も

おられるだろうが、やはり後の詩の方が勢いで読めてしまうので

はないだろうか。(下ネタが嫌いな方からは二つとも敬遠されるだ

ろうが)。中身は同じでも包装を変えるだけで、こんなに印象が変

わるのだ。

ちなみに最初のような詩を書くときは、凄く冷静に筆を進めて

いるのだが、関西弁を使った作品を書くときは、おしゃべりな関西

人(多分おっさん)が僕に憑依して彼に書かされているような気

がする。

また気が向けば、当ブログで自作の詩? 的なものを発表したい。

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太宰という名のバトン

この前、実家に帰ったときに、かつて使っていた自室で本の整理をした。自室にある机というのは、亡くなった父が使っていたものだ。

父は僕が小六の頃、肺癌で亡くなった。文学が好きで芥川龍之介、太宰治などを好んで読んでいたらしい。(ちなみに父の名前は治、兄の名前は龍之介から一字取って龍介である)。

昔、父が買った小説が何冊か引き出しへ入ったままになっている。本には書店のカバーが掛けられているので、開かないと中身が確認できない。

ちょっと時間があったので本を取り出し、パラパラと捲ってみた。太宰治の『斜陽』だった。斜陽は僕も大好きだ。太宰作品の中で最も好きな小説である。

数ページ捲って思わず手が止まった。そこには父のものと思われる髪の毛が挟まっていた。

髪の毛を指で挟みじっと見つめた。

細くて柔らかかった父の髪を思い出した後、いつ頃抜けた髪の毛だろうか? などと考えた。

そして髪を再び本に戻すと、持参したバックに斜陽を入れた。

帰りの京阪電車で僕は斜陽をゆっくりと味わいながら読んだ。

やはり何度読んでも名作である。

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○山さんからの電話

※下ネタが大嫌いという人は読まないでね

一年間ほどヤフーオークションの収入だけて食べていたことがある。品物は主にDVDだ。最初は映画なども売っていたのだが、AVが売れることが分かってからそちら中心になっていった。今でも多少だが、ヤフオクでの収入がある。

検索ワードというものがあって、タイトルの後に検索にひっかかりそうなフレーズを入れるのだ。例えば今だにトップを張り続けている麻美ゆまの『ゆまとの新婚生活』というDVDを出品したとすると

「麻美ゆま 『ゆまとの新婚生活』 巨乳・人妻・3P」

などと入れる。

この『巨乳・人妻・3P』が検索ワードに当たる。

この前の昼間、突然電話がかかってきた。携帯を開くと未登録の人間からである。恐る恐る電話に出ると

「ハァ……」

いきなりの溜め息である。以下はその後の会話。

「もしもし」

「残念です」

「えっ?」

「本当に残念です」

もしかして誰か亡くなったのか? と一瞬思った。

「あの……すいません。どちら様でしょうか?」

「申し遅れました。○山と申しますが」

「○山さま?」

頭を高速回転させるが、まるで思い当たらない。

「ヤフーオークションの落札者です」

ここでようやく合点がいった僕は一気に仕事モードに。

「あっどうもお世話になっております。何か不手際でもございましたでしょうか?」

「いえ、商品は昨日無事届いたんですがね、ハァ……」

またもや溜め息。何をそんなに落ち込んでいるのだ? ○山氏よ。

「あの、何かございましたか?」

「検索ワードでね。あなたクンニって入れてましたよね」

そうなのだ。僕は検索ワードに必ず『クンニ』と『フェラ』の二点セットを入れる。

「はい。確かにクンニと入れていましたが」(←言っててちょっと笑いそうになった)

「それなのにクンニのシーンが少ないじゃないですか!」

ここで一気にヒートアップする○山氏。

「そ、そうですかね」

「少なすぎるよ。ホントに」

「そんなに少なかったですか?」

「少ないですよ。僕はクンニマニアなんですよ! だからこのDVDを買ったんだ!!!」

このとき、僕の脳裏には

『とにかく謝る』、『ひたすら謝る』、『クンニに謝る』

ただそれしかなかった。さて会話に戻ろう。

「申し訳ございません」

「本当に残念です。クンニの期待を裏切られました!」

「すいません。以後、気をつけますので」(←何に気をつけるのかあまり分かっていない)

「頼みますよ!」

「はい、すいません。本当に」

「どうしても、それだけ言わなきゃ治まらなかったんでね」

「わざわざ。ありがとうございます」

ここで電話はプツリと切られた。かくして『クンニ山』さんとの会話は終わりを告げた。

僕は自分の軽率な行動を深く反省し、クンニ山さんを傷つけたことを申し訳なく思った。でも僕の検索ワードは未だに『クンニ』と『フェラ』の二点セット。こればっかりは譲れない。ここを変えたら正直、負けだと思う。

今度『フェラ山さん』から電話がかかってくるかもしれない。

そう思った僕は、フェラ山氏から電話があったら会話をすぐメモれるように、昨日メモ帳を買いに行った。

これでフェラ山対策はバッチリだ。もう何も怖いものはない。

昔のことは、いいことを言う。

『備えあれば憂いなし』

『クンニの上にクンニなし』

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『夢や希望の無い奴は死ね!』

生きていてずっと残っている言葉がいくつかある。

僕は現在、作劇塾という漫画家・作家養成塾である『作劇塾』http://sakugeki.com/saku-geki/top.htmlに通っている身だ。恩師の中山先生とは19歳の時に出会い、その縁で去年からまたお世話になっている。

その専門学校時代、中山先生の助手をされているTさんという方がいた。冬でも黒のタンクトップを着続けるというワイルドな人で一見すると強面なのだが、内面は凄く優しかった。頼れるみんなの兄貴分で人望があった。後から知った話なのだが女生徒からもかなり人気があったようだ。

またかなりの酒乱で、酔っ払うとフラフラどこかへ出ていき、よく財布をすられていた。

冬に中山先生宅で飲み会をやっていると酔ったTさんがいつの間にか姿を消している。みんなで外に出てTさんを探すと、駐車場に侵入しアスファルトの上で寝ていた。起こそうとTさんの体に触れると、アイスノンのように冷たくなっていた。あやうく凍死寸前である。空を見上げると粉雪が舞う1月の出来事であった。

まあTさんはこの手のエピソードに事書かない人であった。僕とTさんは同じ京阪沿線ということもあり、よく一緒に帰らせてもらっていた。

今でもそうなのだが、中山先生の授業というのはユニークで、言ってしまえば面白いことを色々しようという遊びの要素が高いものであった。

ある日、中山先生の変わりにTさんが授業をするという回があった。まだ入学して一月も経っていなかったはずだ。Tさんは何も言わずにみんなに背を向けると、金八先生の自己紹介よろしくホワイトボードへ殴り書いた。そしてクルリと向き直った

『夢や希望の無い奴は死ね!』

ボードにはそれだけ書かれていた。

静まり返る教室。語り始めるTさん。

自分は夢や希望の無い奴が大嫌いだ。そういう奴らは生きる屍だ。お前らにはそうなって欲しくない。だから俺は言う。夢や希望を失った時点で死ぬべきだと……次第にTさんの語りが熱を帯びてくるが。依然、教室は静かなままである。

だが僕の心には衝撃が走っていた。あとで確認すると、周りのみんなも僕と同じように感じていたようだ。まだTさんのことがよく分かっていなかったこともあり、余計にインパクトがあった。

四、五年前に一度Tさんの自宅へ遊びに行かせてもらったことがあった。夏の日に仲の良い先輩とスイカを抱えて訪ねたことを覚えている。

だがその直後、Tさんはある事情で完全に消息を絶ってしまった。目撃談や噂を耳にするもののどれも不確かで今、何をされているのか皆目分からない。

僕がもしTさんと会ったなら逆にこう尋ねたい。

『今のあなたに夢や希望はありますか?』と。

時間というのは残酷で、やがてその人間の本質を暴いてしまう。そして言葉には常に責任がついて回る

言葉という刃は嘘を付いた瞬間、自分へと向けられ、容赦なく己の体を切り裂き始めるのだ。

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思わぬ所で……

今、格闘技を題材にした小説を書いている。リアリティがあった方がいいだろうということで先月から格闘技を習い出した。打撃、寝技、レスリングとそれぞれクラスが分かれており、好きなものを選んで受講できる。

最近、クライマックスシリーズなどもあって通えていなかったのだが今日、久々に顔を出した。

前半の三十分はストレッチ、それから実践的なことを教わるという流れなのだが、少し遅れて行った僕は、道場に入るなり目を丸くした。結構、有名な若手お笑い芸人が僕の前で準備運動をしていた。

名は明かさないが、吉本で天然と言われればこの人! というぐらい若者の間では有名だと思う。あまりジロジロ見るのは失礼なので、それとなく眺めていたが、お笑い好きの僕としては内心テンション上がりまくりである。

当然だが、素の状態の彼はすごく常識人で、真摯に格闘技を学びに来ているという姿勢が見てとれた。

やはり常識あったこそのお笑い芸人だなと改めて思った。常識がわかっているからこそ、そこからどれだけずらせば笑いが生まれるとわかるのだろう。

よしっ、これからはもっと頻繁に道場へ通うことにしよう。

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ユキチャンと会いに

Himg0045 昨日はユキチャンを見るために半年振りに京都競馬場へ行ってきた。ユキチャンはJRA史上初めての重賞レース(獲得賞金の高い大きな競走)を勝った白毛馬だ。詳しくはこちらhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%82%AD%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3をお読みいただきいたい。

白毛馬というのは文字通り、真っ白で、今までに二十頭ほどしか確認されていない。それぐらい希少なのだ。その白毛馬が秋華賞というG1(最も格の高いレース)に出るのだから、これは競馬ファンとして見逃すわけにはいかない。

サラブレッドの世界は過酷だ。競走馬として役に立たない馬のほとんどは馬肉になったりと悲惨な末路が待っている。

約七千頭の馬が一年間に産まれてくるのだが、もしこれが全部、殺されないままだと日本はサラブレッドだらけになってしまう(個人的にはそれも面白いと思うのだが)。

もし僕がサラブレッドの世界に産まれたとして、鏡で自分の姿を確認し白毛だったら、もうウホホイである。

『うーわ、俺めっちゃ白毛やん』と喜びいななき、ヒヒン、ヒヒンと牧場を駆け回った後に『産まれて早々うるさいんじゃ。調子ノッとったら明朝、馬肉にしたんぞ!』と牧場長から凄まれるに違いない。

白毛馬に産まれるということは本当にラッキーなのだ。

さてレースの方だが、”天才”武豊を背に好位置につけたユキチャンだったが、ハイペースだったせいもあって、下から二番目の着順となった。それでもそんなユキチャンに温かい声援が送られていた。

これだけ色々書いたのにもかかわらず、僕はユキチャンの馬券は一切買っていない。勝負事と情は別である。馬券は外した僕は、ゲストで来ていた優木まおみのトークも聞かずにすごすごと競馬場を後にした。

帰り際、払い戻しのアナウンスを聞いて思わず足が止まった。三連単という上位三頭の着順を当てるという馬券があるのだが、なんと1098万円である。この馬券を百円買っていただけで一千万になるのだ。

こんな馬券当てると人生が変わるよなあと心中で呟きつつ、淀駅に向かった。心なしか電車を待つ人たちは元気がなかった。みんな馬券を外したのだろう。仲間だなと思った。

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射精後の世界

WBCバンタム級王者である長谷川穂積が七度目の防衛を果たした。ボクシングの世界戦は大体見ているのだが、今回は見逃してしまった。

誰だか忘れたがボクシングの元世界チャンピオンが

『試合前は禁欲生活に入る。その方が闘争心が沸くから』

というようなことを言っていた。当然だが男は射精前と射精後だと格段にテンションが変わる。

この禁欲というのは何もスポーツ選手に限った話ではない。今をときめくケンドーコバヤシとチュートリアル、徳井義実がイベント前にネタを考えるときは、集中するために禁欲生活に入るというので意見が一致したと言っていた。

分かる気がする。何かを創作するというのはかなりのエネルギーを費やすので、必然的にそうなっていくのだろう。

例えばこれから集中して小説を書くぞというときは、やはり禁欲した方が良い。

それは経験上分かっていながら、意思の弱い僕は今日もツタヤへと走る。

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面白いブログ、そうでないブログ

『女性とエンターテイメント』の回で藩金蓮からコメントをいただいた。藩さんは、バスガイドや社長秘書をやりながら、某AV雑誌でコラムを書いておられる変り種の女性だ。

お話をしていると二分に一回はアナルという言葉を口にするとっても素敵な方である。そんなフレーズを口にしても、ちっとも下品ではないのが不思議だ。その辺りは人間性の賜物であろう。

以下、藩さんからいただいたコメントである。

『エロ本とはいえ、全国に結構な部数で出ている雑誌に「オ○ニー」とか書いてますが、読者に笑われるためには何でもありーのとは言え、身近な人には「痛い」と言われたり引かれたりします。でもそんなの怖がってたら何も書けないなぁと思いますし、身近な男性に引かれても全国の皆さんに笑ってもらえる快感を感じて書いてます』

見事である。芸人である。

藩さんのコメントへの返信にも書かせてもらったのだが、娯楽を提供する人間というのはある意味、精神的なストリッパーではなかろうか? 

例えばさくらももこのエッセイにしても大嫌いな自分の祖父が死んで、その顔を面白かったので笑い転げたとか、便秘時に直腸に出現したみかん大のうんこ(このブログ、うんこ率が高いな……うーむ)と悪戦苦闘した話を面白おかしく書いていたりする。

祖父の死に対する反応にしても、自分の暗部をさらけ出しているし、便秘の話にしても本来は隠しておきたい類のものだろう(女性だしね)。

でも書いてしまう。

なぜなら喜んでくれる人間がいるから。

藩さんのブログは文句なしに面白い。興味のある方はこちらhttp://d.hatena.ne.jp/hankinren/をご覧いただくとして

なぜ面白いかというと、やはり色々な部分をさらけ出しているから。対照的に面白くないのが当たり障りの無いことしか書かないブログ。

こちらの興味の無いことをいくら並べられたところで、やはり読み進める気にはならない。ただ表現者を目指しているのならそれではまずいと思うが。

女性のブログで人気が出やすいのが、性体験を赤裸々に書いているものだ。誰にだって覗き見趣味はあるし、男の性欲を刺激しやすい。

そう言えばこんなことがあった。数年前にヤフーブログで詩を書いていた。続けているうちに何人かファンがつき(ヤフーブログにはファン登録というシステムがある)、コメントをくれるようになった。

反応があると嬉しいしこっちも俄然やる気になってくる。その中の一人に女性がいて、彼女もブログを作っていた。彼女はまさに性体験を包み隠さず書いていて、僕のブログより遥かにファンがついていた。

ある日、彼女から僕のブログ宛てにメールが来た。詳細は覚えていないが、一度電話で話をする流れになった。その頃、僕はまだ実家におり、京阪沿線に住んでいた。電話で彼女と話すと住所は京都だという。全然、会えない距離ではない。

ブログを読んでいると、面白そうな人だし、古谷実とか好きな漫画家の趣味も合う。どんな人なのかなという興味はずっとあった。では一度、会いましょうかということになり最寄の駅で待ち合わせをした。顔も知らない人と会うのは初めてだった。もうドキドキである。

だが待てど暮らせど彼女が現れない。待ち合わせ時間はとっくに過ぎている。彼女の携帯に掛けても全く応答が無い。ずっと留守電である。容赦の無い風が僕の体を吹き付ける。ああ、これはすっぽかされたなと思い、ブックオフで立ち読みをしてから家に帰った。その晩、彼女からメールが来た。

『昨日のあなたの詩を読んで会うのが怖くなりました……』

ポカーンである。何のことだか分からない。慌てて自分のブログを読み返した。確かそれはヤマリンというあだ名の女性がヤリマンだったという単純に言葉遊びで書いた詩だったのだが、どうやらそれを自分のことだと勘違いしたらしい。あちゃーと思った。

彼女は精神的に不安定な人間で(躁鬱傾向があるとブログに書いていた)、疑心暗鬼になっていたらしい。まあ声しか知らない男と会うとなったら、そりゃあ警戒するよなと思いそれ以来、連絡を取らないようにした。

寒空の下、長時間待ったせいでその夜、僕は久々に熱が出た。ジャイアント馬場に優しくハグされる夢を見て、ウンウンうなされ続けた。

寒風吹きすさぶ二十五歳の冬のことである。また今年も冬がやってくる。

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他人のうんこ

コンビニで働き出して二ヶ月が経った。前に働いていたホームセンターが酷いところだったので、むちゃくちゃ楽である。

ただ一つ嫌な作業がある。トイレ掃除だ。うちのコンビニ、暇な割りにはやたらとトイレの利用率が高い。何も買わずにトイレだけ使いにくる人間もちらほら。

一番嫌なのが清掃中に入ってきて、うんこをしていくおっさんである。おっさんの排便後に掃除をするのは非常に不愉快だ。断りも無くトイレを使って汚していく輩もいる。こういう人間は、あらゆる意味で『クソ野郎』である。

そう言えば僕の大好きな漫画家、なにわ小吉の「王様はロバ~はったり帝国の逆襲~」の中でこんな話があった。自分と全く同じうんこの臭いを持つ人が使った後のトイレに入れば、不快ではないのかと書かれていた。これはよく分かる。たまに自分が用を足した後に掃除をすることがあるのだが、そのときは全く掃除が苦にならない。なぜなら人間には自己愛というものがあるから。

ちなみに『におい』という漢字の使用法は……

うんこの場合は『臭い』、花の場合は『匂い』である。

温水洋一の頭皮は『臭い』、南明奈の頭皮は『匂い』。逆にマニアックな人になるとアッキーナの頭皮は『匂い』ではなく『臭い』であって欲しいと切に願っているかもしれない。

大体これで意味は分かってもらえると思うのだが、正確に知りたい人は辞書を引いてみて下さい。

長々とうんこの話を書きながら、僕は今、ウコンの力を飲んでいる。

そんな秋の夜長である。

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女性とエンターテイメント

この前、ちょっと訳あって仲間のプロフィールというやつを書いた。一応、本人たちの許可を得とかないとなと思って、印刷した紙を見せると一人の女性から待ったが掛かった。

「ここの文章消してくれません?」

彼女の指差す部分を見て、やっぱりなと思った。『食欲旺盛』というのが引っかかったらしい。女性なので気にするかなとは書いているときに思った。その前の文章にあらゆるものに貪欲で(実際、彼女はかなりの行動派である)いう繋がりはあるのだが、まあ本人が嫌だと言うのなら仕方ないので削除した。僕としては、まあ単純に面白いかなと思って入れた文だった。

ここでふと思い出した。確か松本人志の『遺書』か『松本』に書いていた『笑いを作り出すのに男性と比べて女性は不利だ』だという文章を。なぜなら100パーセント女性を捨てきれないから。例えば全身タイツを着たとしても、どうしても胸の膨らみなどがそれを邪魔してしまう。現在活躍している女芸人(森三中、ハリセンボンの春奈)の見た目がおっさんに近いというのはそういうことなのだろう。いわゆる”女性”からかけ離れていった方が笑いは取れる。

笑いというのをエンターテイメントに置き換えて考えると納得できるはずだ。おばちゃんのカリスマ上沼恵美子がこうも言っていた。

『恋人ができると途端に面白い漫才ができるくなる』

女性という意識が邪魔して、思いっきりアホなことができなくなるそうだ。かの久本雅美も恋人が舞台を見にきた途端、いつもの切れが無くなってしまったらしい。

最近ある作家志望の女性と話しをしていたときのことである。彼女の書く文章は掛け合いが面白い。「こういう漫才っぽいやりとりって簡単に思いつくのですか?」と率直に疑問をぶつけてみた。彼女はフフフと笑って答えた。

『これは実際に言われたことを書いているのよ』

その小説の中では、上司が部下の女性を延々と言葉で攻撃しまくるのだ。もちろん女性の方もやられっぱなしではなく、上司に一矢報いることはあるのだが、やられることの方が多い。

一例を挙げると……

『お前の目は細すぎる。一重ですらない。0.5重だな。ガハハハハ』など

でもそれを言われたときはやっぱりむかついてるんでしょ? という僕の問いに彼女は平然と言い放った。

『いや、小説のネタになるから。おいしいと思う』

脱帽した。完全に芸人の考えではないか。

ちなみに最初に出てきた女性だが、食欲旺盛のところを消してと言いながら、おにぎりを口に頬張っていた。二個も……。

それだけ付け加えて筆を置きたい。 

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同窓会にて我思う

数日前に専門学校の同窓会に参加した。19歳から21歳までの三年間を共に過ごした同期とその一期先輩の方、数人と顔を合わす。思っていたよりもみんな変わっておらず、元気そうで何よりだった。

酔っ払った某先輩に一時間ほど絡まれたのだが、それすら懐かしかった。自分は環境に恵まれているというのを改めて認識できた。貧乏でも好きなことができているというのは幸せだ。案外それができていない人が多いと聞く。

僕は酔っ払ったときに、その人の本性が出ると思っている。鬱積を抱えたまま生活をしていると酔っ払ったときに醜態を晒しやすい。やっぱりお酒はいつまでも楽しく飲んでいたいし、そのためにはもっと頑張らないかんなあと思った。

ライターとして活躍されてる先輩の言葉が身に染みた。

「この年になったらうだうだ言わず、結果で見せないと」

その通りである。当然だがクリエイターは作品のみでしか評価されない。

いろいろ考えるとこもあったし、自分を見つめ直す有意義な時間だった。ぜひまた集まりたい。

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