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2009年1月

女子トイレ幻想

高校の頃、修学旅行で沖縄に行った。確か三泊ぐらいしたと思うのだが、連日の寝不足がたたって、旅行最後の日、僕はフラフラだった。

場所はどこかの空港だったような気がする。尿意を催した僕はトイレに入った。

するとそこのトイレは個室しかなかった。この時点で女子トイレに迷い込んだことに気づくべきだったのだが、思考能力が低下しており、僕はいつも以上にボーっとしていた。

『沖縄のトイレは男性用小便器がないのか。変わってるな』

と呑気なことを考えながら個室に入ろうとした。いくつか見て回ったのだが、どの便器も汚れていた。

「きたないなあ」

とぼやきながら、比較的きれいな便器のある個室に僕は入った。

用を足し出て行くと、掃除のおばちゃんが立っていた。

ものすごい不快な顔で僕をにらんでいる。

ぺこっと頭を下げて、手を洗いトイレを後にしたのだが、

すれ違い様に、おばちゃんの言った台詞が耳に残った。

「この変態」

ぼそっとだが、確実にそう言っていた。

それでも気づかない僕は、なんのことだろうと考えながら、クラスメートの待っているところへ向かった。その途中でようやく『変態』という言葉の意味、そしてあそこが女子トイレだったことに気づいた。

ワチャチャと思ったが後の祭りだった。

もちろんそれ以来、女子トイレに間違って入ってしまうということはないのだが、今から考えるに、あそこを男子トイレだと思い込んでしまった一因に、トイレが汚かったというのがあるのではないだろうか。

その頃の僕は、瞳の美しい純真無垢な男の子だったので、女の人がトイレを汚すわけないという幻想を持っていた。

そう言えば、中学時代に友達とファーストフード店に入り、その友達がトイレへ用を足しに行った。入れ替わりに僕もトイレに入ったのだが、帰り道にトイレの便器が汚かったという話題になった。友達は

「あそこは男子便所だろ?」と

さも当然のように言った。そのトイレは男女兼用だったと思うのだが、恐らく友達も、女性幻想を持っており

『女の人がトイレを汚すわけないじゃないか』

無意識のうちに、そう思っていたのではないかと思う。

どおくまんのマンガだったと思うが、最初のページで女性の排便シーンから始まる話があった。

女性に対する幻想を逆手に取った荒業だった。

どおくまん恐るべしである。

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ハトハラ

僕の住むマンションのすぐ隣に公園がある。家に帰るときはいつも、この前を通る。

お昼頃に通ると、ベンチに座り鳩に餌をやっているおじさんがいる。

ヒッチコックの『鳥』を思い出すくらいの鳩の数である。

この人は、尋常じゃないぐらい鳩に好かれている。

おじさんは足を組んで座るのだが、上を向いた靴の側面や、おじさんの肩にいつも鳩が止まっている。

おじさんは、優しく鳩を払ってどかすのだが、ここまで好かれるのは才能以外の何者でもない。

一方、僕は大変、鳩に嫌われている。

僕が外出中にベランダへやってきては、糞を落として帰る。おかげで洗濯機の蓋がえらいことになっている。

これは鳩の嫌らせ。すなわち鳩ハラスメント

略して『ハトハラ』である。

ああ、もっと鳩と仲良くなりたい。

せめて洗濯機を汚されない程度の仲にはなりたいもんだ。

ポップコーンでも買いに行くか。

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両刀使い

大分まえに購入した林家彦いちの彦いち噺『創』をこの前、見た。

完全な新作落語で面白かった。この人は落語を壊しにかかるタイプの落語家だ。

舞台上で座布団相手に巴投げをしたり、座布団の端っこを顔に見立てて会話したりする。

枝雀さんは、落語を壊して爆笑王になったが、彦いちさんもまた別の壊し方をしていた。

壊し方も人それぞれなんだと興味深かった。

ちなみに彦いちさんの『礎』というDVDには『天狗裁き』などが収録されており、こちらはこちらで面白い。笑福亭福笑さんのように新作と古典を巧みに演じ分ける“両刀使い”なのかもしれない。

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脳フューチャー

おい、待て!

お前らどこ行くねん

人んちのガラス割っといてトンズラかい?

野球はもっと広いとこでせえや

学校のグランドとかいろいろあるやろ

見てみ、これ?

誰が打ったんか知らんけどやな

ボール当たってわしの頭、へこんどるがな

なに笑っとんねん

人の頭がへこんでるのがそんなにおかしいんか?

「はい」やあるかい!

元気よく返事せんでええねん

よう見てみこれ

へこんだ穴から脳みそ出てるやろ

脳出るって、よっぽどやで

出るとこ出たら賠償問題なるで

オーノーやで

なんで今度は笑わへんねん

脳出てんねんぞ

なんで笑わへんねん

なにを引いとんねん

なんや脳みそ見るの初めてか?

あーあ、全員、気絶してもうたがな

よし、今のうちにドアを閉めてと

さあ、これで大丈夫や

準備は整った

脳みそ入れ替えよか

どうせやったら頭のええやつがいいなあ

ええっとどれにしよっかな

あっこいつ、賢そうやな

よし、こいつにしよ

おかあちゃーん

刺身包丁とトンカチ持ってきて

あとゴミ袋と新聞紙も忘れんといてな

早めに頼むで、早めに

目ぇ覚まさんうちにね

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和尚水

昨日で創作塾の第六期が終了した。また一ヶ月後に有栖川先生を初めとしたみなさんとは再会できるのだが、それでも幾分、寂しいもんである。

それはさておき、昨日の授業後に尿意をもよおした僕はトイレに入った。

『ガチャッ』

少ししてSさんが入ってきた。当たり前だがSさんは男性である。

Sさんは僕の隣に移動し、用を足し始めた。

「寒いですねえ」

と自然に振舞っていた僕だが、あることに気づいた。

尿が出ないのである。

「OH、尿!」である。

今まで気づかなかったのだが、神経質な僕はひとりにならないと用が足せないのだ。

Sさんは、年長者の貫禄をたっぷり見せつけながら、先にトイレを出て行かれた。

そして、ほっとした僕はひとりっきりで、シャーッっと和尚水、もといお小水を出したのであった。

これを読んだ人は、もし僕とトイレで出くわしたら、微笑みながらそっと後退して、ひとりっきりにしてやって下さい。

僕はデリケートなんです。部屋は汚いけど……。

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便座を下ろし忘れた男

便意、もよおすわな

慌ててマンション帰るわな

トイレ入るわな

便座上げたままなってるの忘れて座るわな

スッポーンってそのまま、はまってまうわな

ジャストフィットやわな

まあ、抜けへんわな

叫ぶわな

助けこうへんわな

うちのマンション防音設備完璧やわな

家賃もそこそこするわな

わし独身やわな

叫ぶわな

シーンてしてるわな

携帯、カバンの中やわな

カバンは玄関に置いてるわな

取りにいけへんわな

そこで初めて気づくんや

これは助からんぞって

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男の悩み

この前のへたなら寄席に出たときに、桐の一門の兄弟子である、ぎりぎり兄さんhttp://kirinobrog.jugem.jp/からいただいた艶笑落語(男女間の艶っぽい話を中心とした落語)を毎日聴いている。

これが面白い。中でも僕は露の五郎兵衛師匠の落語が僕は好きだ。

一例を紹介すると……

男性自身の大きさに悩んでいたお殿様。ひょんなことから、自分のモノを失ってしまう。ある場所に男性器が固まって置いてあるのがわかる。家来と一緒にそこへ赴くお殿様(家来たちも同様に喪失している)。これはいい機会だとばかりに、地位を利用して、立派な家来のモノを自分の股間につけてしまうお殿様……。

今も昔も男はサイズを気にするもんだなと、苦笑いしてしまった。

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エッグバーグディッシュ・ナイト

昨日、作劇塾に東京から塾長を取材しにたくさんの方がこられた。Kレコードのプロデューサーや編集の方や、ライター、映画監督の方々まで一流の顔ぶれだった。

その後、僕を含めた数人の塾生も食事に参加させてもらい、端の方でこっそりいろいろな話を聞かせていただいた。M出版の方からは

「うちは漫画もやってるんで、良かったら東京に来たときに寄ってください」

とありがたいお声をかけていただき、名刺交換をさせていただいた。

その後、O社長に連れられて僕たちは法善寺のおしゃれなバーへと突入した。

いつの間にやら下世話な話になったのだが

下ネタといえばS野である。

S野といえば下ネタである。

彼についてはこちらhttp://nejisiki27.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-8ea4.html

をお読みいただければ、そのキャラクターがおわかりになると思う。

饒舌になったS野は“勃起”を連呼し始めた。

隣にいた僕はやばいなと思った。

この男、エンジンがかかると止まらなくなる。

S野は正座状態で勃起することの重要性についてを熱く語り始めた。

僕の計算によると、恐らく一分間に三十二回は勃起という言葉を口にしていたはずである。

ふと周りを見渡すと、我々の席の周辺だけ空いている。

何度も言うがおしゃれなバーである。お客さんはカップルが多い。中には女性を口説こうとしていた男性もいたはずだ。

なのに隣のテーブルに、勃起を連発する男がいれば、ムードもへったくれもなくなってしまう。避けられるのは当然であろう。

僕はS野の勃起を止められない自分のひ弱さを呪い、その後、帰宅してからひとり枕を濡らすことになるのだが、それはさて置き……

天罰が下ったのか、その後に入ったハンバーグ店でS野は『エッグバーグディッシュ』を注文したにもかかわらず、単なる『バーグディッシュ』を持ってこられ

「上に卵、乗ってへんやんけ!」と

頭から湯気が立ち上るぐらい、チャイニーズの店員に怒る羽目になるのであった。

作劇塾の『ボッキング』ことS野君のブログはこちら→http://star.ap.teacup.com/sugano/

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田中さん転落死

うーわ、田中さん転落死してるやん

弱ったなあ

今日、生ごみの日ちゃうねんけどなあ

燃えるゴミの日なんやけどなあ

どうしよかな

困ったなあ

掃除婦なんかならんかったら良かったな

ハゲタカでも呼ぼかな

あっ勘違いしたらあれやから

念のため説明しとくけどな

ハゲタカ言うても

外資系ファンドのこととちゃうよ

私これでも愛国心が旺盛な方やからね

だてに戦争体験してないから

あっいらんこと言うてる間にゴミ収集車やってきた

すんません、これ燃えるゴミでもいけますやろか

あっほんまに?

いけるんや、何でも聞いてみるもんやな

ほな、私もゴミの車に入れるの手伝いますわ

ちょっと足持ってもろてよろしいか?

せーの、はっ

重たい重たい、一回置きましょか?

えっ! このまま放り込む?

無茶言うな

ほな、いきまっせ

せーのっはっ

ふー、重たかった

手ぇ合わせとかんとなあ

田中さん、安らかにお眠り下さい

あれっ……うーわ、車の後ろから声が聞こえるで

田中さん、生きてたんかいな

うーわ、どうしよう

なあ、おっちゃん、どうする?

おっちゃんて

なんでにやにや笑ってるねんな

もうはよ車、走らせてんか!

ふー、やっと行ったがな

あれっ車から手だけ出てるわ

やっぱり助け求めてるんやろか

やるなあ、田中

最後まであきらめへんもんなあ

一応、振り返しとくか?

向こうには見えへんけどな

ほな、田中さん、今度いつ会えるかわからへんけど

多分、会えへんと思うけど

お元気でー

それにしても凄い生命力やな

私も見習わんとなあ

八十越えたから言うて枯れてる場合やないなあ

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ガラスの十代

何度も書いているが僕は朝のコンビニで働いている。週に一度だけ顔を合わすアルバイトの男の子(N君)がいる。

確か僕の記憶が正しければ、十八歳だったはずだ。彼は古株なのだが、来月で辞めることが決定したらしい。

自分よりも十歳以上、年下の人間と話す機会はあまりないので、ここぞとばかりに僕は質問をぶつけた。

N君は中学卒業後、高校へは進まずにそのままフリーター生活に突入した。中学校時代はどうやらイジメにあっていたようだ。そのせいか彼は対人関係が凄く苦手だ。僕とは普通に話をするし、関係が悪いわけではないのだが、後から入った年上の僕をどう呼んでいいかわからないらしく、彼が僕の名前を口にすることは一度たりとて無かった。

N君は元々、朝八時から夕方の五時までフルで働いていたのだが、病気で一ヶ月以上休んだりした結果、週二、三回の朝勤のみとなってしまった。

シフトを減らされた原因は、彼を取り巻く環境も関係している。N君は一家揃って国民健康保険に加入していない。なので彼はどんな病気にかかっても、絶対に病院へは行かず自力で直そうとする。そのせいでインフルエンザにかかったときは、一ヶ月、仕事にこれなかったそうだ。普通はこの時点でクビなっているのだが、うちの店はオーナーは温情家なのでシフトを減らすだけで済んだ。

現在も目の周りの皮膚が炎症を起こしているのだが、病院へ行かないためにその範囲が日々、広がってきている。見ていて気の毒である。

彼は流浪の民で、いろんなアルバイトを転々としてきたが、あまりにも仕事ができないため、すぐにクビを切られ、今の場所へと流れ着いてきた。前のカラオケ屋でもイジメられていたそうだ。

だが比較的働きやすい今のコンビニででさえ彼は浮いている。コンビニを辞めるに至ったのも、もうひとりの朝勤のおばさんと揉めたのが原因だった。

彼と一緒に入りたがらない人の気持ちは確かに僕もわかる。基本的にコンビニの仕事は誰にでもできる簡単な仕事だ。慣れればすぐに済むような仕事ばかりである。N君は非常にスローモーだ。そして抜けている。なので一緒のシフトの人間が必然的に彼の分をフォローしなければならなくなる。

僕は意識的に彼の仕事振りを見ないようにしているので何とかもっている。オーナーの話だと、短気な人がN君と一緒に入ると、三日ともたないらしい。

恐らく働くのが嫌でたまらないのだと思う。嫌々仕事をしているのが見ていてすぐにわかる。交代でするようになっているトイレ掃除を凄く嫌がる。汚いことはしたくないそうだが、介護の仕事に興味があると言って、先ほど書いたおばさんに介護を舐めるなと怒りを買っていた。

クリエイターを目指す人間は元々、協調性がなかったり、労働が嫌いだったりするので、僕も人のことは言えない。

もしかしてN君はアルバイト以外の時間で何かしていることがあるでは? と思ったので、僕はそれは尋ねた。

彼はポツリと答えた。

「暇な時間はだいたいパチンコをしていますね」と。

僕はがっかりした。

なんでも彼のお母さんがパチンコ大好き人間らしくて日々、一緒に通っているそうだ。

N君は友人がいないので、基本的に彼の遊びというのは、お母さんと一緒に行くカラオケやパチンコを指すらしい。

きわめて当たり前のことなのだが、人が良い人生を送れるかどうかというので、環境という要素は非常に大きい。彼を見ていると痛切にそう思う。

N君を見ていると勿体ないなあと思う。あの年齢ならやる気になれば、いくらでも可能性は開けるのに、どうもそれを言ってあげる人間が回りにいないようだ。

なので彼と最後に入る日は、僕が少しだけそういう話をしようかと思っている。

伝わるかどうかは、わからないが。

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帰宅後の世界

マンション着くわな

ドア開けるわな

仕事で疲れてるわな

酒飲んだ後、ラーメン食べてるわな

腹はいっぱいや

風呂に入るの面倒くさいわな

パジャマに着替えて寝室行くわな

布団めくると嫁はん寝てるわな

嫁はんの服脱がすわな

パンツ脱がすわな

まあ、正直ギンギンやわな

酔ってるせいか

嫁はん、いつもよりきれいに見えるわな

辛抱たまらんわな

挿入するわな

嫁はん、目ぇ覚ますわな

悲鳴上げるわな

嫁はんの顔、見るわな

そこでようやく気づくんや

部屋、間違えたって

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哀しき鵜飼

今でこそ自分で演じるほど、落語と親しむようになったのだが、最初に落語に触れたきっかけは何だったのかなと思い出せば、ずいぶん前にさかのぼる。

その頃、京都の八幡市に住んでいた僕は、近くの松花堂http://www.kiis.or.jp/kansaida/yawata/yawata02.htmlという庭園で落語会があると聞き、ふらりと自転車で出掛けた。

それまでも専門学校の授業で桂枝雀さんの落語を見て衝撃を受けたりもしていたがライブは未経験だった。

どんなものかなと思っていたら、足を運ぶとこれが面白かった。中でも一番、良かったのがとりを務めた桂小米朝(現・米團治)さんの親子茶屋である。

ただ笑えるというのではなく、人生の哀愁というか、切なさを帯びた笑いに僕はすっかりやられてしまった。

親子茶屋は説教の場面から物語が始まる。働かず遊んでばかりいる道楽息子を呼び寄せ叱る親旦那。しかし息子はちっとも反省をしない。だがこの親旦那も実は、年寄りの隠れ遊びと称して、お茶屋で芸者遊びをしているのである。ある日、偶然お茶屋の前を通りがかった息子。粋な遊びをしているなとそこへ加わる。目隠しをし『狐釣り』という遊びを始める二人。最後、ご対面となり扇を外し、ようやく相手が誰かを知る。

そこで親旦那は言う。

「せがれよ、必ず博打はならんぞ」と。

男の三ドラ煩悩である『飲む』、『打つ』、『買う』のうちの二つを見られてしまった親旦那が、残ったひとつの『買う』(博打)はならんぞと、なんとか親の面目を保とうとうする滑稽さが良い。

芸者たちは陰でこそこそと親旦那の悪口を言っている。

狐釣りというのは、扇で目隠しをして、「釣ろよ、釣ろよ」と言いながら、鬼ごとの真似をする遊びなのだが、若い芸者からは「いややわ。そんな古臭い遊び」とえらく不評なのである。

「このお客さんいつ来はってもこれば~っかり。これしか知りはれへんのん、つろよ、
つろよ、言ぅてな、階段のねきまで引っ張って行って、後ろからボ~ンと突いたったらえぇねやわ」

と怖いことを口にする。

でもお客なので、一応、親旦那の希望を叶えてあげることに。

僕が最も好きなところは、その後の狐釣りの場面。以下はそのやりとり。

 芸者:釣ろよ、釣ろよ、信太(しのだ)の森の、狐どんを釣ろよ
 旦那:やっつく、やっつく、やっつくな
 芸者:釣ろよ、釣ろよ、信太の森の、親旦那を釣ろよ
 旦那:やっつく、やっつく、やっつくな
 芸者:もっとこっちへおいなはれ
 旦那:そっちへ行ったら落とされる

旦那は全て知っているのである。この親旦那が僕は凄く好きだ。人間味が溢れている。

『おもしろうて やがてかなしき 鵜飼かな』

という、楽しみの後の切なさを読んだ松尾芭蕉の句がある。

僕は親子茶屋を聞くたびに必ずこの句を思い出すのだ。

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京橋花月

魁塾の方のご好意で本日、京橋花月を見に行かせていただいた。生のエロ詩吟などを聞くことが出来てすっかりご満悦である。

白眉だったのはフットボールアワー。生で見て吉本の宝だと本気で思った。

この前へたなら寄席の打ち上げで、若手お笑いイベントを主催している方とお話をさせていただいた。

その方がおっしゃっていたのは、M-1のように短時間でいかにボケを詰め込めるかという漫才がある一方で、フットボールアワーのように間を存分にいかした漫才もまたきちんと存在しているということだった。

それをライブで聞いて実感できた。嫌になるぐらい笑い待ちをするフットボールアワーの間は癖になる。

ぜひまた生であの珠玉の漫才を聞いてみたい。

いや~面白かった。

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大塚愛のCHU-LIP

僕は角部屋に住んでいる。たまに近隣の部屋から、喧嘩の声が聞こえてくる。特に向かいの部屋の住人はよく喧嘩をしていた。

ちらっと見た程度なのだが、三十代か四十代の男女だったような記憶がある。

女性の方は毎朝、八時ころになると、大塚愛の『CHU-LIP』がステレオから流れるようにアラームをセットしている。二度寝をするらしく、二、三度この『CHU-LIP』のイントロが聞こえてくる。

この前、休みの日なんだか騒がしいなと思ったら、向かいの部屋が工事をしていた。住人が出て行くと、壁紙を張り替えるなどするので、ああお向かいさん、引っ越したのかとそれで気付いた。

正直言うと、喧嘩の声とかうるさかったので、次は静かな人が越してくるといいなと思った。

でその翌日である。

朝方、いつもの時間に聞こえてきたのだ。大塚愛の『CHU-LIP』が。

あれっ引っ越したんじゃ……。

いろいろ考えてから寒気がした。

今のところ、朝方に『CHU-LIP』が流れてきたのはその一回だけである。

僕の聞き間違えだろうか。

明るい曲調が逆に怖かったりする。

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さらば友よ(追記)

塾長のブログhttp://blog.livedoor.jp/kaidanyawa/

さらば友よhttp://nejisiki27.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-91bb.htmlの回について、少し触れていただいた。

僕がM君について感じていた違和感が過不足なく書かれており、自分でも気がつかなかったところまで書いていただいて、非常に合点がいった。

M君は十代の頃、肉体労働をやった経験があり、学費の半分ほどを自分で支払っていた。専門学校、当時は同級生の誰よりも大人びていた。実際、僕よりも年齢がひとつ上だということもあるが、一目置かせる雰囲気を持っており、素直にすごいやつだなと感じていた。

その頃の彼は、同級生にはない人生経験という武器を持っていた。だがその後の十年近くという年月の間に、彼は糧となる経験を恐らくしなかったはずだ。少なくても僕の聞く限りでは、実家の手伝いか短期バイト以外に何もしていなかった。そして作品も徐々に面白くなくなっていった。引き返すのが困難な袋小路へと足を踏み入れていった。

一流でバリバリやっておられるプロの方とお会いした後、M君に会ってしまうと

『あれっ……彼はこんな物足りない人間だったっけ』

という思いを違和感と共に持つようになった。

『早く人に刺激を与える側に回りたい』

そう思った。

作劇塾に通っていると、たまにとてつもない方とお会いできることがある。そのような環境を自分の力だと勘違いして、浮かれた結果やめていった人たちも残念ながら若干名いるが、お話させていただくだけでこちらのテンションは格段に上がるのは確かである。

彼には足りなかったのは、やはり環境、客観性、そして柔軟性だろう。少なくとも二十代前半の彼は、すごい熱意を持って作品を描いていたし、作品も面白かった。

おそらく年を重ねていく自分に対して無意識のイライラが募っていたはずだ。でも理由はわからない。自分は作品を描いている。報われない。苦しい。でも作品を描かないと……。何かが足りない。それはなんだ? わからない。不安が溜まる。作品にぶつけるしかない。鬱積が溜まる。段々と人は離れていく。どうすればいいんだ? やはりわからない。

悪循環である。

この前、臨床検査技師をやっておられる作家志望の人たちとお会いして話を聞かせてもらったのだが、やはり自分の知らないことをされてる人のお話はすごく興味を引かれる。その人は事故死体の解剖などを、やっておられたりするのだが、こういう人たちと会うと刺激を受けるし、家に帰ってから自然と作品を書きたくなる。

彼には悪いが、たった数人の高校時代の友人、そのような交友関係しか持たない人間では、作品を創る上での刺激はもらいにくいだろう。

その人たちとのお食事会の後、帰りに自転車をこいでいて、ふとM君のことを思い出した。

周りからだんだんと仲間が去っていくのは、どういう気持ちなんだろう?

さびしくないのだろうか?

そんなはずはないと思うのだが。

塾長が書かれていたとおり、彼は明らかに柔軟性が欠如していた。二十代半ばで自分の人生の方向性を完全に固めてしまった。

必死に頑張っているのはわかるのだが、ゆっくりと後退していっているように見えた。例え僅かであっても後退の蓄積はやがて、とてつもない量となって自分にのしかかってくる。僕ならそれに耐える自信はない。

今の彼の生き方を続けるということは、孤独であり続けるということだ。

僕も経験があるのでわかるが、孤独は嫌だ。死ぬほど辛いし、二度と味わいたくない。

それはM君もわかっていると思う。でも本人の中では変えられない何かがあるのだろう。

M君は自らの意思で孤独な生き方を選んだ。

彼は今の自分に対して、心の底から納得しているのだろうか?

だったら人を恨むような顔つきにはならないと思うのだが。

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宴の後

まずは部長が挨拶するわな

「今日は無礼講やから、先輩後輩とか忘れて

気楽にいきましょう」

わし、それ鵜呑みにするわな

わし、平社員やわ

部長と同期やけど、平社員やわ

最初は隅っこで小さなってけれど

だんだんと酒がすすむにつれて

ええ気分になるわな

できあがってくるわな

ほんで部長の隣に座ってやな

いろいろ話するわな

昔話に花が咲いた後に

卑猥な話で盛り上がって

部長がなんか下品なボケかましたから

ヘッドロックするわな

頭ペチペチ叩くわな

なんかおかしい

違和感あるなと思うから

ヘッドロックを外すわな

ほんなら部長のふさふさの毛髪だけが

手元に残るわな

ヅラやったわけやな

ほんで初めて気づくねん

大変なことしてしもたって

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八時半の男

僕は朝のコンビニでバイトをしている。

大国町という土地柄なのでしかたないとは思うのだが、モンスターカスタマーなるものが何人かいる。

いきなり「タバコ」と言ってきて、銘柄をたずねるとぶち切れたりするのだが

その中の一人にコードネーム『ゴキブリ』がいる。

なんともひどい名前だが、僕が名付けたわけではない。店長だ。

店長いわく、雰囲気がゴキブリによく似ているからだそうだ。

まあ言われてみると、見た目も中身も実にゴキブリっぽい。

このゴキブリ、たいてい怒って店に入ってくる。怒りの理由は不明だが、何かに大して常に怒っている。

こっちが新聞を袋に入れようと思っているのにもかかわらず、レジ操作をしている段階で

「はよ、袋入れろや!」

とわめき散らす困ったちゃんなのである。

僕よりも、店長の方がゴキブリを嫌っている。マイルドセブン、10ミリのソフトをゴキブリが買っていくのだが、もしあれがマイセンなどではなく、売れ筋ではない商品なら、ゴキブリを来させないためにも、発注をやめていると豪語するぐらいである。

ゴキブリは毎朝、決まって八時半に現れる。

元巨人の宮田と同じく彼は八時半の男なのだ。

今日も八時半に現れたゴキブリは、何も買わずにトイレに直行した。

また怒鳴られるのかなと嫌な気持ちになっていると、トイレの方から声がした。

「おーい、紙ないやんけ、紙」

バックルームから店長が出てきた。

「どうしたの?」とたずねる店長に僕は経緯を説明した。

その間にも「紙くれ」コールは店内にこだましている。

「じゃあ、今あそこに入っているのは?」

とトイレを指差す店長に

「ゴキブリです」

と僕は答えた。

顎に手をやり、意味ありげに微笑む店長。

「もう少しあのままにしとこか。ほんなら、もうこうへんようなるかもしれへんし」

「いいんですか?」

「だってゴキブリやもん」

そう言い残すと店長はバックルームに消えた。よくわからなかったが、『だってゴキブリやもん』に妙に納得してしまった。

他のお客さんがいれば迷惑になるので、トイレットペーパーを持っていったのだが、出勤ラッシュも終わり店内には誰もいなかった。

僕は商品整理をしながら、ずっとトイレから聞こえてくるゴキブリの叫びを無視し続けた。

次の客が入ってきたのは五分以上経ってからだった。さすがにやばいと思ったので、トイレに紙を持っていくと

「なにしとるんじゃ。さっきから呼んでるやろ!」

と大声で怒鳴られた。一瞬、そのまま紙を渡さず、レジに戻ろうかと思ったがそれはやめておいた。

「申し訳ございません。レジが込んでおりまして」

という大嘘を口しながら、僕は心の中で舌を出していた。

もうちょっと遊んでやろうかと思った。

「本当にすいません」

「はよ、紙渡さんかい!」

僕は意地が悪い。わざと聞き返した。

「紙……ですか?」

「それを渡せ!」

「ああ、そうでした。そうでした。本当に申し訳ありません」

と言いながら、ようやく紙を渡した。

その後、レジに戻った僕に

「二度と来るか!」と言い放ち、ゴキブリは店を去っていった。

結局、店長の思惑通りになったのである。

天網恢恢、疎にして漏らさずを実感した一日であった。

ちなみにゴキブリは漏らしてたが……。

溜飲は下がったものの、後処理が大変であった。

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クリソツ

寒いので最近、黒のスパッツを購入した。外出時、ジーンズの下に着ると非常に暖かい。

この前、風呂に入ろうと服を脱いでいたときのこと。

僕のマンションは元ラブホテルなので、夜になると窓ガラスが鏡のように部屋を映し出す。

上半身裸でスパッツ姿の自分を見て、思わず呟いた。

「江頭やん……」

腕立て伏せでもして、大胸筋を鍛えようか。

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様々な値段

今、書いている小説で少しだけ飛田新地が出てくる。ネットで相場を調べると15分1万1000円が相場らしい。

最近、物価が上昇している。ずっと一定だった卵までが値上がりした。

僕は競馬が好きなのでギャロップという競馬雑誌を高校のころからよく読んでいたが、最初は500円だったギャロップがついに700円になった。

風俗系のお店はどうなのだろう? 

あまり関係ないのだろうか?

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ありがとうございました!

第七回へたなら寄席、無事終了致しました。師匠のひとつ前の出番ということもあり、どうなることかと冷や冷やしましたが、なんとかやりきることができました。

足を運んでくださった方、本当にありがとうございました。次回のへたなら寄席は7月5日(日)となっております。

こちらにもぜひ出たいですね。落語はやると癖になりますよ。ほんと

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田中部長に膝かっくん

高木係長の左遷が決定したらしい

田中部長に膝かっくんをしたのが原因ではないか?

そんな噂が真しやかに囁かれている

田中部長を後ろから見ていると

ほとんど全員が膝かっくんしたいという誘惑に駆られてしまう

だがこれは罠なのだ

過去に何人の人間が部長に膝かっくんをして

消えていっただろうか

部長は迅速だ

膝かっくんをされた一時間後には

役職の人間を集め

『膝かっくん、されちゃったぜ会議』を始める

そして自分に膝かっくんをした人間の処遇を

ただちに決める

部長は言う

社会人にもなって、膝かっくんなどと

非常に子供じみた行いをする人間など

わが社に不要なのではないかと

そうやって自分を追い抜かしそうな人材を

巧妙に消し去ってきたのだ

かく言う私も何度その誘惑と戦ってきただろうか?

ああ、こうやってエレベーターを待っている今でさえ

部長は私を誘っている

チラチラとこちらを気にしながら

膝かっくんの誘いを続ける

ああ、やばい

自制心が働かない

このままでは膝かっくんをしてしまいそうだ

誰か私を止めてくれ

ああ、私の膝が部長の膝裏に……

ふー、タイミングよくエレベーターが来たので助かった

良かった、これで左遷は免れた、膝かっくんと……

し、しまった、油断した、ついついやってしまった

勤労三十二年、まじめに働き続けた私が

こんなことで会社を追われることになるとは

ああ、部長がこちらを振り向き笑っている

それにしても、なんて嫌な笑みなのだろう

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洋物AVを見ていて我思う

この前、洋物のAVを見ていたときのことである。山場に差し掛かった場面で僕は愕然としてしまった。

男優が挿入していたものを抜いて己でしごき始めた。そして女優の方も自分の陰部をいじりだした。

『こんなのは間違っている!』

僕はなぜか怒りを覚えた。

昨日、AV監督の大家である代々木忠氏のブログ『週刊代々木忠』を読んでいて合点がいった。

こちらhttp://www.athenaeizou.com/shop/athena-diary/post_891.htmlを読んでいただければわかると思うのだが、要約するとこうである。

<性行為の表現で『まぐわう』という言葉がある。漢字で書くと『目合う』となる。もともとは目と目を合わせて心を通じ合わせるという意味らしい。目を閉じて、まぐわうと違う人を想像してというのも起こりうる。これでは、マスターベーションと変わらない。

 目を見つめ合うと、お互い目の前の人しかいなくなり、相手が次第に愛おしくなってくる。快楽だけを追い求めようという意識も消える。女優がその日はじめて会った男優と瞬間恋愛にも陥る。相手を愛おしいと思うときめきがなければ、オーガズムは起こらない>

そうなのだ。僕が見た男優と女優はお互いを使ってのマスターベーションを始めてしまったのだ。僕は彼らを見てなんて勝手なやつらだと思ってしまった。そんなやつらはプロでも何でもない。

それにしても、さすがはヨヨチュー監督。言葉の重みが違う。

改めて尊敬してしまった。

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さらば友よ

昨日の晩、トイレで落語の稽古をした後、部屋に戻ると携帯に着信があった。

『旧友との再会』

http://nejisiki27.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-6be2.html

で触れたM君からだ。

しばらく会えなくなるので、電話をしたかったと彼は切り出した。

この前、会ったとき僕はM君の話にただ相槌を打っていた。

M君は溜まりに溜まった愚痴を話し続けた。僕はひたすらそれを聞いた。

M君は変わらない。あらゆる意味で変わらない。二十歳の頃と今の言動がほとんど変わっていない。恐ろしいまでに一貫している。

M君と会うと必ず口にするのが、女性に対する憎悪だ。今の世の中にはろくな女がいない、それも馬鹿な男が甘やかした結果だと何度も何度も、呪詛を吐き続ける。

その度に僕は言っていた。そんな女の人ばかりではないよ。僕はそうは思わないので、その考えには共感できないと。

でも彼は必ず会うたびに繰り返しそれを言う。

数年前からM君と会うのが段々と億劫になっていった。

彼は漫画家としての画力、スタンスなどはすばらしいもの持っていた。過去に驚愕するような作品を創りだしていたし、僕は彼の才能を高く評価していた。

だから鬱陶しいなと思いつつも会い続けたのである。人間的にはきついなあと思いつつもクリエイターとしての彼には敬意を払っていた。

だが悲しいことに彼の作品は後退していた。袋小路に迷い込んだように思えてならなかった。

この前会って、愚痴を聞かされた後に彼の漫画を読んで、改めて思った。

「もう無理だ。方向性が違いすぎる」

デビューをしていない新人が100ページ以上の漫画を描く。その意図が僕には全く理解できない。

彼は潰れた大手自費出版社に持っていくつもりだったようだが、なぜ商業漫画雑誌に投稿、持ち込みをしないのかもわからなかった。

M君は問う。

「プロになることだけが全てなのか?」と

でもクリエイターを目指す以上、プロを志さないと意味がないと僕は思う。

ここが決定的に違うのだ。

せめて32ページ以内にまとめないと、編集者は相手にしてくれないよと僕は言った。

だがM君は譲らない。

そうじゃなくて、ページ数とかではなくて、作品として評価してくれと。

同じ日本語を話しているはずなのに、彼の言わんとしていることがまるで伝わってこない。

根本的な価値観が違うとしかいいようがなかった。

生き方の違いなのだと思う。別に僕はM君の生き方を否定する気はない。ただ全く共感はできない。

彼はプロになりたいと切望する僕を不思議そうに見ている。

なぜそんなにプロ志向になれるのかがよくわからないそうだ。

昨日の電話でも昔からそんな考え方だったか? と聞かれた。

前からプロ志望だったよと僕は答えた。

以前からプロを目指していたが、ひとりで創作していた時期はどうしていいのかわからなくなった。それで二年前に作劇塾の門を叩き、プロを目指す上でのスタンスを段々と教わっていった。

二年前の僕と今の僕とでは、恐らくかなり変わっていると思う。入塾する前は人前で落語などしようという人間ではなかった。

塾に入り、たまにお会いできる一流のクリエイターと触れ合うことで、僕はそっちの世界へ行きたいと思いが強くなった。

ひつこいようだがM君は変わらない。今の自分で満足しているかどうかはわからないが、ずっと変わらない。

十年以上彼女を作らず、自分の描いた漫画を高校時代の数名の友人に見せて批評してもらう。プロのクリエイターも、クリエイターを志す仲間も周りにはいない。三十を過ぎて未だに実家暮らし。実家の仕事を手伝いながら漫画を描いている。

こんな環境で僕は面白い漫画が描けるとは到底思えないのだ。

人間の生き方は顔に表れる。こう言っては悪いがM君は顔に鬱屈が滲み出ている。以前、苦笑いを浮かべながら話していたが、人相が悪いから電車では彼の隣の席に誰も座らないそうだ。

長くなってしまったが、M君が電話で伝えたかったことは、言いたいことがあるのなら直接その場で言って欲しかったということだった。

その通りだと思う。

だが僕はそれをしなかった。なぜならもう僕の中でM君はさほど重要な人間ではなくなっていたからなのだろう。

その人間によくなって欲しいとかここを変えたらいいのに思った場合は、相手に厳しい言い方をするようにしている。鬱陶しいと思われようと説教じみたこともたまに言う。おせっかいなまでにその人に関わろうとする。

僕は非常に冷たい部分を持った人間なので、どうでもいいやと思ってしまうと、もう相手に全く配慮をしなくなる。相手の立場に立つのを放棄する。

僕がM君にとったひたすらだるそうに相槌を打つという態度は、彼からすれば失礼だったと思う。それはよくわかる。だがどうしようもなかった。コントロールができなかった。

僕の頭の中で、なぜM君は変わろうとしないのだろうという疑問がずっと浮かんで消えなかった。

やはり価値観の違い、生き方の違いとしか言いようがない。

前にブログで書いたが、同期で唯一プロ漫画家として活躍しているYは、飄々としている。余裕があり、人生を楽しんでいるのが雰囲気から出ている。だから人が寄ってくる。

M君は人を寄せ付けない。まるでヤマアラシだ。近づく人間を己の針で傷つけてしまう。だから段々と人が離れていき孤立していく。

どちらの人生を歩みたいと聞けば、言わずもがなだろう。

これを書いていてふと思ったのだが、彼はどういうことで笑うのだろうか。今の生活でどの瞬間が楽しいのだろう。彼の笑っている姿をなぜか想像できない。

以前、創作の話をしていたとき、漫画を描く作業はそんなに楽しくはないとM君は言っていた。しんどい、苦しいと語っていた。

だからだろうか。彼の漫画は暗くて重い。内面のヘドロのような感情を紙の上にぶちまけているといった印象である。とてもエンターテイメントとは思えない。作品と創作者は似ているというが、M君と彼の作品も驚くほどよく似ている。

相手を楽しませるのではなく、自分の思想を長々と語って理解を求める。悪く言えば押し付けである。恐らく相手の立場に立つことが苦手なのだ。ということはプロのクリエイターにはどう考えても向いていない。読み手の感情を揺さぶるような作品を創り出すのは至難の技だろう。

二十分以上電話で言いたいことを言い合ってひとつ確信した。

塾に入らずに実家で創作活動をしていたら、僕もM君のような生活をしていただろう。

考えるとぞっとしてしまう。

僕からすれば彼はプロを目指しているようには見えない。人に楽しんでもらいたいのではなくて、自己満足を優先して創作しているようにしか見えない。誰もデビューしていない新人の生き様になど興味を持たないということに彼は気づいていない。

専門学校は心斎橋の近くにあったので、昔はよくM君とKと僕とでクリスタ長堀へ行き何時間も語り合ったものだ。

だがある日、Kも漫画を描かなくなり、僕がなぜ描かないの? と聞いた直後から音信不通になった。

そしてM君と会うことは二度とないだろう。

お互いの価値観と方向性が決定的に違うというのを昨日の電話で嫌というほど知ったからだ。彼もそれについては理解を示してくれた。

M君に対して憎しみや憎悪といった感情は全然ない。ただひたすら残念である。

専門学校を卒業してもまだ創作活動を続けていた人間は、片手で数えるほどだったので本当に寂しい。

M君にはもっと人生を楽しんでもらいたいのだが、今の生き方ではそれも難しいのではないだろうか。

だがいくら言葉を重ねたところで、僕の言葉が彼に届かないのは経験上わかっている。そういうものが積もり積もって僕の心がついに折れてしまったのだ。

彼は十年後も同じ生き方を続けていることだろう。

さらば友よ。どうかいつまでも元気で。

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若ハゲ待望論

今日も私の元に津々浦々から

その地方を代表するたくさんの若ハゲがやってくる

だがほとんどの若ハゲは仕事を与えても

物に出来ずに田舎へと帰っていく

友人、知人は私に言う

「なぜにそんなに若ハゲにこだわるのか?

毛のある有能な人材はいくらでもいるし

年をとった禿げでも優秀な人は五万といるのに……」

彼らの言うことはわかる

正論だと思う

ただ私の会社がここまで大きくなったのは

間違いなく若ハゲのおかげだし

私も二十代の頃は若ハゲだったからに他ならない

毛のあるやつに負けてたまるか

その一念が吹けば飛ぶような会社を

上場できるまでに押し上げたのだ

若ハゲなくして、今の私はない

だからこそ今でも私は若ハゲの可能性

そうポッシビリティオブ若ハゲを強く信じている

若いのに禿げている

そんな人間に肩入れしたくなるのは当然ではないか

人情ではないか

繰り返しになるが

若いのに禿げているのだ

カルマを背負って生まれてきたに違いない

そんな人間を元祖若ハゲ協同組合、二代目書記長である、この私が

見捨てられるわけないではないか

ああ、どこかにいないものか?

世間の価値観そのものを

ガラッと変えてしまうような若ハゲが

そんな若ハゲの出現を信じつつ

今日も私はデスクに向かう

左隣に栃木出身の若ハゲ(田中くん)を立たせながら

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敵は本能寺にあり?

何が敵は本能寺にありやねん

引くわ

その発言ないわ

相手、信長やで

仮りにな

仮りにやで

信長倒したとしようや

せやけどすぐにやられるって

秀吉あたりが黙ってへんて

うーわ、また言うたやん

また「本能寺にあり!」言うたやん

あいつ言いたいだけやん

誰か注意したれよ

光秀、孤立してるんちゃうか

まあ上からの命令に逆らえへんのが

俺らのつらいところやけどね

まあ言われたからには行くけどね

なんか釈然とせえへんわ

自分と向き合ってへんのちゃうか?

お前の敵はお前自身やろ

それに気づけよ

自分と向き合えよ

えっいや何も言うてませんやん

ちょっと独り言をね

いや別にあなたの批判なんかしてませんよ

はよ、本能寺行きましょうよ

その発想はなかったわ

さすが光秀さん

さあ、はよ行きましょうや

思い立ったら吉日言いますやんか

なんやったら僕が先頭立ちましょうか

よし、任しとなはれ

みんな本能寺行くで

ついて来い!

ふぅ~勢いで言うてもうたがな

うーわ、めっちゃついてきたがな

こいつら多分何にも考えてへんな

ノリで来とるな

だってニヤニヤしてるもん

もうこれは後には引けへんで

やっぱり家康にしとくべきやったなあ

あのとき家康に仕えてたら運命変わってたもんなあ

やっぱり時代は徳川やで徳川

とりあえずあとで遺書書いとこ

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告知

1月11日にワッハ上方4階、上方亭(小演芸場)行われる弟七回へたなら寄席に出演します。

出順は師匠である桐野雄加留斗(中山先生)のひとつ前で、『胴斬り』(マジックじゃないよ)をやらせていただきます。

お時間のある方はぜひ、足をお運び下さいませ。

よろしくお願い致します。

詳しくはこちら↓をご覧下さい。

http://hp.kutikomi.net/hetanarayose/

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エロビデオの思い出

新年と言えばエロビデオ。エロビデオと言えば新年である。

なんでやねんというツッコミは置いといて、三箇日も終わったことだしエロビデオの思い出について書こう。

『飯島愛の思い出』

http://nejisiki27.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-4afd.html

で触れたが、初めて購入したエロビデオは飯島愛だったが、最初に見たエロビデオはまた別のものである。

むかし、むかし、まだブルーレイもDVDもなかった頃、そう小室哲哉がまだ容疑者ではなかった頃、まだT.Kとすら呼ばれていなかった頃の話。エロビデオは大変、貴重な物だった。

京都と大阪の県境に高田豪という小学生がおったそうじゃ。彼は虫取りが大好きで、裏の家に住む多田君と日々、草むらに入っては容赦なく虫を毟りとり、虫かごへ放り込むという残虐非道な行いを繰り返しておった。

その日もふたりは草むらへ虫を探して入ったのじゃが、多田君が何かを見つけ、急に言葉を失ってしもうた。

彼らの目の前には雨に濡れた艶かしい物体が横たわっておったそうじゃ。勇気を出した高田少年は、多田君を押しのけて、それをご開帳した。

そこには、まごうことなきエロビデオさまがおった。言葉を失いただ見つめあう。ややあって多田君が高田少年の耳元で呟いた。

「これ、おめんちで見れんかのう」

高田少年はすぐさま返答した。

「なに馬鹿なこと言ってるだ。見ている間におっかあが、けえってきたら、どうするだ!」

多田少年は哀しそうな顔で言葉を続けた。

「うちにはちっこいわらし(弟と妹)がおる。だもんで、おれっちの家で見るのは至難の技じゃ。おっかあは、ほとんど家をあけん。なあ、なんとかならんか? せっかくエロビデオさまと会えたんじゃ。次はいつ会えるかわからんぞ。なんとかならんかのう」

今にも泣きそうな多田君の肩に、高田少年はポンと手を置き微笑んだ。

「おめえはほんと、しょうがねえやつだな。わあった。明後日の土曜日の夕方、おらんちに来いや。夕方ならなんとか見れるべ」

高田少年の手を握る多田君。

「あんがと。あんがと。おめえはほんといいやつだっぺ」

「何言うだ。困ったときはお互い様でねえか。正直言うとおらも見てえしな」

「なんだ。そういうことだべか。礼言って損した。あっおめえ、ぬけがえは許さねえぞ。そんなことしたらクワでおめえの頭、叩きわっちまうべ」

「わあっとる。わあっとる。土曜日までは見んようにする。おらのこと信じろや」

「すまねえ。おら最低だな。ともだち疑うなんて」

「いいって、気にすなや。ほんじゃ土曜の夕方、うちさ来い」

「ああ、楽しみにしてるべ」

ふたりはがっちり握手を交わした。だが約束とは破れるものである。エロビデオさまを持ち帰った高田少年は、家族の寝静まった深夜、こっそりエロビデオさまをデッキに挿入するのであった。

「なんだこりゃあ。よくわからんが、すげえことが行われとる! おなごがアンアンもだえとる」

未知との遭遇に、胸の動悸の止まらない高田少年はその日、布団に入ってもなかなか寝付けなかった。

翌日、エロビデオさまを庭の物置の下にそっと隠してから、高田少年は登校班の列にくわわった。

時が経つのは早いもので、すぐにその日はやってきた。

『ピンポーン』

家族が家を空けた数分後、タイミングよくインターフォンが鳴った。ドアを開けると多田君が立っていた。

「おめえ、こういうときだけは時間きっちりしてるな。いっつも遅れるくせによ」

「なんぬかす。んなことはどうでもええ。早くエロビデオさま見せろや」

「あわてんでもエロビデオさまは逃げも隠れもせん。そんなに焦ることなか」

血走った目の多田君をなだめ、ふたりは物置に向かった。

「この下に隠しとるんじゃ」

「ほう、おめえなかなか考えたなあ」

「ああ、ここじゃめったなことでもない限り見つからん」

そう言いながら高田少年は屈みこみ、物置の下の隙間に手を入れた。

だが目的の物になかなか手が触れない。

「おめえ、どうした? そんなに汗かいて」

「ねえだ」

「何じゃと!」

「でかい声出すな。近所迷惑だべ」

「もっかいちゃんと探せ。ねえはずがねえべ」

さらに奥に手を伸ばす高田少年。

「だーめだ。やっぱりねえ。どこいったさ」

「おめえ、ふざけんな」

高田少年の尻を多田君が蹴った。

「何しやがる。おらの責任じゃねえべ」

「こっちはずっと楽しみにしてたんだべ。それをおめえ」

結局、つかみ合いの喧嘩になり、ふたりは一週間以上、口を利かなかった。

ついにエロビデオさまは見つからないまま、時間は流れ多田君も滋賀県へと引っ越したある日のこと。

中学生になった高田少年は兄に貸したコンパスを返してもらおうと、兄の部屋に侵入した。探せど探せどコンパスは見つからない。だが宿題で使うため今すぐに必要である。

高田少年はいけないと思いつつも兄の机の引き出しをそっと手前に引いた。

すると教科書の奥に、多田君と見るはずだったエロビデオさまが鎮座しておった。

高田少年は、黙って首をフルフルと振り、そのまま机を閉めて、何も見なかったことにしたそうな。

めでたし、めでたし。

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ミッキーマウスの秘密

数日前に実家に帰り用を足していたときのことである。

前方の壁に、ディズニーのポスターが貼られていた。

ミニーマウスの家を訪ねたミッキーが花束を手に持ち笑顔で何か話している。

じっとその絵を見てあることに気づいた。

ミッキーもミニーも富士額だ。

いやM字禿げなのか?

笑福亭鶴瓶を連想させるような生え際である。

こんな秘密を暴露してしまって、正月早々ディズニーに消されやしないか心配である。

時間に余裕のある人は声に出して言ってみて欲しい。

「ミッキーマウスは富士額」

さあ、勇気を出して……

あっ誘惑に負けて口にしてしまったようだね。

これであなたも同罪だ。

ディズニーランドに行くときはお気を付けを。

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パンストを巡る攻防

パンストを破ってはいけません

なぜなら切なくなるのです

パンストは破るものではありません

履くものです

ですがあなたにとってのパンストは

履かせて破るものなのでしょう

あなたのその考えが残念で仕方ありません

パンスト会社に謝ってくださいな

ああ、私がこんなに言っているのにもかかわらず

あなたはそうして大量のパンストを買ってくるのです

利益が出る以上、パンスト会社も文句は言えません

そこを見越してパンスト買ってくる

あなたのずるがしこさに感服いたします

さあ、破りたいならお破りください

親の敵のように

ビリビリビリッとね

ああっひどいわ

やっぱり破るのね

でも愛しい人

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プロレス観戦

年末に道頓堀にあるデルフィン・アリーナにプロレスを見に行った。数年前はよく大阪府立体育館へよく行っていたが、この頃は足が遠のいていた。

僕は小中高とプロレスが大好きで、新日、全日は欠かさずテレビでチェックしていた。高校生の頃は木曜日になると、帰りに近くの本屋に寄って、週刊プロレスとゴングを三時間ぐらい立ち読みしていた。今思えば迷惑な客である(その後、その本屋でバイトをして、一ヶ月ぐらいで辞めて、さらに迷惑をかけることになるのだが……)。

中島らもがロックンロールをあえて和訳するのなら『殺気』という言葉が一番近いだろうかとエッセイに書いていた。

これはプロレスにも当てはまる。今でこそプロレスを真剣勝負と捉える人は少なくなったが、当時は台本などない真剣勝負というスタンスでプロレスラーは試合をしていた。だから説得力、凄み、そして殺気が必要であった。

だからこそタイガー・ジェットシンは、老人であろうとお客さんを殴ったし、日本人同士であっても、リング上で敵対関係にある場合は、バス移動などで極力、顔を合わせないようにしていた。

だがK-1、プライドができて以降、プロレスは衰退していった。テレビのバックアップなどもあったと思うが、格闘技にお客さんをごっそりと取られてしまった。

大阪プロレスを見て、真剣勝負だと捉える人はほとんどいないと思う。でも今の時代に合っているプロレスだと思った。女性や子供でも楽しめるように趣向を凝らしている。明るく楽しい地域密着型のプロレスである。見ていて説明のいらない非常にわかりやすいプロレスである。

そういう意味ではハッスルができたのも時代の必然だろう。

今はショーなら完全にショーとして提示しないと駄目なのだ。ショーか格闘技がわからない中途半端なスタンスのものは客を呼べない。

大阪プロレスは殺気を必要としないプロレスである。

だが、レスラーが子供のお客さんを大切にしている様は心温まるものなんだと

久々のプロレス観戦でそう思った。

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ご挨拶

新年明けましておめでとうございます。

当ブログの目標と致しまして、記事を300ほど書こうかなと思っております。

あとは良い結果報告ができればいいですね。

発言するよりも、実行あるのみです。

今年もどうぞよろしくお願い致します。

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