『竹から出てきて、すいません』
なんや、カンコン、カンコンうるさいなあ |
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なんや、カンコン、カンコンうるさいなあ |
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去年行った夏合宿の上映会が、少し前に塾長宅で行われた。
淡路島を訪れたのだが、僕とS君以外はみんな海へ泳ぎに行き、その様子が多く収録されていた。塾長の見事なスイカ割りの模様なども、きちんと収められている。
僕らが何をしていたかと言うと釣りである。そして、僕は数匹の魚を釣ったのだが、その様子は撮影されていなかった。撮影班がいなかった訳ではない。ひとり撮影担当がついてきていた。そして僕は魚を釣った。でも収録されていなかった。なぜか? それを今からご説明しよう。
二日目、コテージに到着した我々は、荷物を運び込むと暫し間、自由時間となった。バドミントンをする者、野球をする者など、各々がまことに気ままな行動をしており、非常にゆるやかな空気が漂っていた。
合宿に行く前から、僕とS君は
“淡路島に行ったら釣り三昧の日々を送ろう!”
そう約束していた。そして、一緒に行くというM君、さらに撮影担当の紫の龍(通称、パープルドラゴン)を伴い、近くの堤防へと向かった。
確か夕暮れ時だったと思う。海面を見下ろすと、魚の泳ぐ影が見えた。
「いっちょ、やったるか!」
とさっそく竿を構え、海へと糸を垂らす僕。
少し遅れて、S君とM君も釣りを始めた。
開始してものの数分もしないうちに、僕の竿に“アタリ”があった。
スッと竿を上げると、魚がかかっている。
「おおっ!」と興奮し、また餌を補充し竿をおろすと、また手応えが……。
「このペースで行くと、相当な数の魚を釣り上げる事になるぞ」と、テンションの上がる僕。
実はその後、バーベキューが控えていたので「もし何か釣れたら持ってきてね」と頼まれていたのだ。
朝食時、カメラに向かって「今日は魚を釣って参ります」と豪語した手前、手ぶらでは帰れない。
「これで魚を持って帰る事ができる。だが勝負はこれからだ」
と気を引き締めた僕は、一旦竿を立てかけ、M君の持ってきていたクーラーボックスに魚を入れた。
「さあ、この調子で行こう」と竿を握ろうとしたが、僕の竿が見当たらない。
周囲を見回した僕は、言葉を失った。
撮影担当であるパープルドラゴンが、僕の竿を握り締め、真顔で釣りをしている。
「おい、それは俺の竿だ! 君は撮影担当だろう。早くカメラを手に取れ。そして我々の雄姿を撮影せよ。今すぐその竿を返すんだ!」
とすんごく言いたかったが、言えなかった。
なぜかって?
鬼気迫る表情で釣りをしているパープルドラゴンの迫力に、僕は声をかける事さえ、できなかったのだ。完全に飲まれていた。
“無理が通れば、道理が引っ込む”
ではなくて
“紫の龍が通れば、道理が引っ込む”である。
結局、パープルドラゴンは魚を釣り上げる事ができず、残念な結果に終わった訳だが、帰りしな、S君にこう尋ねられた。
「高田さん。さっき泣いてませんでした?」
どうやら、パープルドラゴンに竿を奪われた後、する事のなくなった僕は、魚臭くなった手を洗おうとテトラボットに腰掛けていたのだが、その後姿が、とても切なげに映り、涙なしでは見れなかったらしい。
「バカ野郎。何言ってんだよ。泣いてなんかいねえよ。目から鼻水が出ただけだい」
と、後半ドロンパの台詞を拝借しつつも、笑顔で返した僕だが、心の中では滝のような涙を、流し続けていたのは、言うまでもない。
パープルドラゴンにカメラを手渡したK君から、翌日どんな映像が映っていたかを聞いた。僕が一匹目の魚を吊り上げた時には、もうすでにカメラが横倒しの状態で固定されていたらしい。しかも、小津安二郎ばりのローアングルで……。
カメラには、僕の歓声のみが収められていたという。
パープルドラゴン恐るべしである。
もうすぐ暑い夏がやってくる。
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今まで読んだ漫画の中で、最も衝撃を受けたもの。
それが『藤子・F・不二雄 異色短編集』のシリーズである。
ほとんど子ども向けの作品ばかりを描いてきたF先生が、大人向けに書いたのがこのシリーズ。まさに名作ぞろい。外れがまるでない。
最初のつかみ、後半に行くにつれての盛り上がり、そしてラストページでの裏切りなど、ストーリー作りの基本が詰まっている。
ここから先はネタばれになるが、僕が衝撃を受けた収録作を紹介する。
『箱舟はいっぱい』という異色短編集の3巻に収められた『イヤな イヤな イヤな奴』という話。
宇宙船で行われている、トランプの賭博シーンから話は始まる。服務規程で禁止されている船内賭博をやっている四人。一触即発の空気。長距離宇宙船に乗っているため、かなりストレスが溜まり関係がぎくしゃくしている。
そこへ遅れて入ってくる整備士のミズモリ。彼はちょっとカイ・シデンとかぶるのだが、いつもヘラヘラしていて、どこか人を小ばかにしている節がある。笑い方までが、人を苛立たせる。
他の船員たちは、賭博でミズモリに貸しを作っている。他のキャラクターは、感情の起伏が表れやすいので、ミズモリのキャラが浮き立って見える。
時間が進むにつれて、ますます関係が悪くなる船員たち。不思議な事に、もう少しで大喧嘩となると、どこからともなくミズモリが現れて、怒りの矛先を自分に向ける。
ある日、ミズモリが何の前触れもなく、船内賭博の事を本社へ通報したと告げる。怒り狂う船員たち。他にも、通信士の飼うアルタイル犬を食べたとか、船長のクロスワードパズルを解いてしまったとか(ここだけなんだかスケールが小さいが)、矢継ぎ早に告白するミズモリ。
憤怒した船員たちは、ミズモリを追いかけ回す。
「リンチは厳禁だぞ」
というミズモリを容赦なく殴打する船員たち。部屋の電気を消し姿をくらますミズモリ。
彼が向かった先は原子炉。制御弁に手をかけて、近づけばロケットを吹き飛ばすと脅しにかかるミズモリ。
仕方なく避難する一同だが、共通の敵を前にいつの間にか団結しており、不穏な空気はどこかへ行っている。
そのままの状態で、地球へ帰還する宇宙船。
ラストのページ。ニホン宙運トーキョー本社に出向いているミズモリ。
誰かから札束をもらっている。どうやら、何かの報酬のようである。
お金を渡しながら「収めてくれたまえ。いいかせぎだねえ」と言うお偉方に
「でもありません。からだを張っての命がけの仕事ですからね」と答えるミズモリ。
やはり、へらへら笑っている。
最後のコマで下記のような解説が入り、ミズモリの正体が明らかになる。
<にくまれ屋>
人間は共通の敵の前で、もっとも強く結束する。この習性に目をつけた宇宙時代のビジネス。
そう、もしミズモリが実在するのなら、NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』に出られるほど、プロフェッショナルな男だったのだ。
久々にこの話を読んだ僕はある事を考えた。
日常生活で、ある一定の集団になると、いじられキャラというのが出てくる。
その定義を調べると
などらしい。『いじる』と『いじめる』は結構な類似が見られると思うのだが、一番の違いはやはり上から四つ目の“いじっても痛々しくない”だろう。
こいつなら、耐えられると思えるから、安心してきつい言葉を口にできるのである。
ということは、本格的な宇宙時代が到来した暁には、『にくまれ屋』ならぬ『いじられ屋』というビジネスが成立しそうな気がする。
“いじられる”とは、愛されている事の証明なのかもしれない。
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『作劇的人々』の第十三回を更新いたしました。ゲストは作家・漫画コースの、小坂さんです。
どうぞ、よろしくお願いします。
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リストラされた五人の中年男性を集め
粉雪の舞う庭に下半身裸で放り出す
横一列に整列させ、家屋に尻を向けるよう命じ
四つんばいの姿勢を取らせる
そのまま自室に向かい、読書をして夜になるのを待つ
丑三つ時になると庭に面した引き戸を開ける
当然、まだ男たちは尻を向けたままの体勢を取り続けている
雪の積もった男の尻を見ながら一杯呷る
そう、尻見酒である
弛んだ尻もあれば、毛むくじゃらの物もある
それぞれ個性豊かな五つの尻を見ながら
酒を呑んでいると、つい一句詠みたくなる
しかし、その気持ちをぐっと堪えて
また酒を呷る
空を見上げれば、大きな満月が浮かんでいる
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うーわ、またあの亀、子どもにイジメられてるやん |
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僕は競馬好きだが、他のギャンブルは一切やらない。競馬にしても、G1レースしか買わないので、年中やっているわけではない。シーズンオフがあるのだ(ちなみに今はシーズン真っ只中)。
いつの頃からか、パチンコのCMをよく見かけるようになった。パチンコ化されるものは、『冬のソナタ』からロックバンドの『クイーン』まで、まさに何でもありだ。
アニメは特に多く、『北斗の拳』や『エヴァンゲリオン』などもよく目にする。
ただし聖域と思われるパチンコ化されない物もある。
『ドラゴンボール』、『ちびまる子ちゃん』、あとは藤子アニメなどもそうだろう。
作品のイメージなどもあり、作者がパチンコ化を断っているそうだ。
個人的には子どもに夢を与えるような作品を、パチンコ化しないでいただきたいなと思う。
この前、ついに『おぼっちゃまくん』までがパチンコ化されてしまった。
『おぼっちゃまくん』が大好きで、小学校時代むさぼるように読んでいた僕としては、結構ショックだった。
やはりお金の魅力には、抗えないのだろうか?
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『作劇的人々』の第十二回を更新いたしました。ゲストは作家コースの、佐藤ことさんです。
どうぞ、よろしくお願いします。
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おい、赤鬼 たくさんの人を殺せば英雄になれる』 |
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僕の働くコンビニは、レジの後ろに店長室、その奥に休憩室がある。ちなみに二つの部屋には仕切りがなく、繋がっている。
一昨日の事である。僕が暇そうにレジで立ち尽くしていると、店長室から
「うーん」
うなり声が聞こえてきた。
その日は、僕ひとりの勤務だったので、休憩時にレジの方へ出てきた店長の顔色がおかしかった。なにかひどく残念そうだ。
「世の中、馬鹿なヤツが多いなあ。もっと他の事に頭を使えばいいのに……」
と独りごちるので、僕が
「何かあったんですか?」と聞いても
「いや、こっちの話」と理由を明かしてくれない。
数分後、僕が店長室を通って休憩室へ向かう途中、店長がいつも座っている机の上に、何かの説明書とリモコンが置いてあるのが目に付いた。
どうやら防犯ビデオの説明書のようである。
何を見ていたのかなと思いつつも、その後、いつも通り仕事をして帰路についた。
そして昨日。僕が店長に挨拶をして、そのまま休憩室の方へ(制服は休憩室に置いてある)行こうとした時である。
店長の机の上に置かれた紙に
『5月17日、夕方。店の商品を万引きしてしまいました。来月、必ず弁償します。○山』
と書かれていた。
どうやら、夕勤の人間が勤務中に、商品を万引きしてしまったらしい。
店長は防犯ビデオで、その現場を確認して、うなっていたのだろう。
その万引きしてしまった人とは、全く面識がないが、恐らく辞める事になるだろう。
突如、貼りだされた『バイト募集』の貼り紙を見て、そんな事を思った。
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猫も杓子も豚インフルである。
来月、甲子園へ阪神の試合を観戦に行こうと思っているのだが、どうやら感染の恐れありという事で、ジェット風船は飛ばせないようだ。
ラッキー7にあれを夜空に打ち上げるのが、阪神ファンの楽しみでもあるのに残念な限りである。
さて今日、バイト先のコンビニに行くとまず店長から
「『マスクありますか?』って聞かれるやろうけど、売り切れているから」
と告げられた。
店長の予想通り、今日は何度も
「すいません。マスクは品切れです」
と説明をした。
レジから道路を見ていると、道行く人も結構な割合でマスクを付けている。
そう言えば数ヶ月前に、うちのコンビニを辞めたT君は
大阪のスラム街出身で、保険証がなかった。
だからインフルエンザに罹患した時も、二ヶ月バイトを休み
自力で直したそうだ。
よく死ななかったなと思う。
そのT君、現在、介護の仕事をしているらしい。
彼は大変、体が弱かったので、どうか新型インフルには気をつけていただきたい。
介護士が介護されていたんじゃ、お話にならない。
どうか『逆介護士』にだけはならないで欲しい。
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ああ、もうこんな時間か |
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僕のバイトをしているコンビニのすぐ近くに、関西電力がある。
ここの人たちが、出勤時に店に寄っていろいろ買って行ってくれる。
ほとんど毎日、顔を見ている人もいる。
最近、表情や歩き方などで、今日は調子が良さそうとか、しんどそうとかわかるようになってきた。
30代と思われる関電の女性は、いつもパンと飲み物を買っていってくれる。
この前は明らかに
『この人、疲れている』
というのがわかった。そのお客さんは、いつものようにパンと飲み物のセットを買った後、店を出てから、また引き返してきて栄養ドリンクを買っていった。
店の外に出たその女性。すぐにゴクゴクと栄養ドリンクを飲み干し始めた。
僕はひそかに心の中で『ガンバレ!』と、エールを送った。
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一昨日、収録した作劇ネトラジで、青谷圭が司会を務めた『エロティズムと耽美の世界』(5月21日アップ予定)に出演したのだが、後半でマルキ・ド・サドという名前が出た。
ここで僕は、ふと小学校時代に読んだ『少年アシベ』という森下裕美さんの4コママンガを思い出した。
主人公であるアシベの祖父の会社(芦屋商事)に、完治くんという男が務めているのだが、彼はなかなかいいキャラクターだ。強面で喧嘩っ早く、根暗なメガネ君である味田をよく苛めるのだが、それでも猫が何より好きで、猫を見た途端、笑顔になる。
その完治君がベッドの下に隠していた本を、母親に見つかるという話があった。
「こんな所に、いやらしい本を隠して」と言う母親に
「違うよ。よく見ろ。それは、エロ本ではなく小説だ」と反論する完治君。
だが、実はそれはジョルジュ・バタイユというフランスの思想家が書いた本で、中身はエロかったというオチ。
確か、僕の記憶が正しければ、最後のコマで、美人だがギャンブルがめっぽう好きな白鳥から、完治君はマルキ・ド・サド著『ソドムの百二十日』を薦められていたはずだ。
当時の僕は、幼すぎてこの4コマの意味がわからなかったが、後でバタイユやサドの本などを読み、そういう事だったのかと合点した。
少年アシベは、一見ほんわかしているが、こういう所に隠し球のような仕掛けがしてある、油断ならないマンガなのだ。
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昨日、劇団四季の『オペラ座の怪人』を見に行った。四季の劇を見るのは、これで二回目。
五年ほど前に一度『キャッツ』を見に行った事があったが、その質の高さに度肝を抜かれた。
『オペラ座の怪人』も『キャッツ』に勝るとも劣らないできで、最後は客が総立ちになり、スタンディングオベーションをしていた(前の客が立ち上がって舞台が見えなくなったので、強制的に立たされた感がないでもないが……)。
以前にaikoが紅白に出た後、自分のラジオ番組で、むちゃくちゃ歌の上手い人がいたと言っていた。名前を忘れてしまったが、劇団四季の俳優だったと記憶している。
圧倒的な声量とパフォーマンスを誇る四季の、役者たちを見て、ふとaikoの言葉を思い出した。
今度は、『美女と野獣』が見てみたい。
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さくらももこは、シュールな人だ。と言うか、シュールな笑いが好きな人である。
国民的漫画となった『ちびまる子ちゃん』は、一般受けしやすい漫画だ。著者の才能が豊かなので、メジャー用のネタとマイナー用とで、使い分けができるのだろう。
クリエイターを大まかに分けると、メジャー、マイナーと媒体を問わずに作品を作れる人と、いわゆるガロ系といった描きたい物を表現するというマニアックな人の2パターンに分かれるのかなと思うが、さくらももこは明らかに前者だ。
『ちびまる子ちゃん』のように、わかりやすいキャラクターギャグも描ければ、『神のちから』や『永沢君』といったシュールでブラック極まりない作品も描ける。
『神のちから』は、本当にシュール極まりないとしか形容できない話が、たくさん収録されている。僕は、大好きな漫画なのだが、これを面白いと思うかどうかは、その人の好みに委ねられると思う。いきなりこれを描いて、投稿か持ち込みをしても、かなり高確率で「これはちょっと」と言われると思う。『さくらももこ』という名前があってこそ、初めて商売として成立するのだ。
この前、『ちびまる子ちゃん』の3巻を読み返していて、「あっ」と思った。
正月、まる子の家に親戚の子どもたちが集まるのだが、そこに『みどりちゃん』といった一風変わった女の子がいる。彼女は、まる子の祖父である友蔵の知り合いの家の娘で、親戚ではない。
カルタでまる子、とかなりいい勝負をしたみどりちゃんだったが、一枚差で敗れてしまう。その後、悔し涙を流す彼女を見てまる子たちは
「こんな遊びでも負ければ悔しがる、りっぱな血筋の子どもなんだな」
と感心する場面がある。まあそれはいいのだが、その後まる子の母親がお雑煮を運んでくる。
ハフハフ言いながらも、笑顔でお雑煮を食べる子どもたち。
ここで、ポツリとみどりちゃんが言う。
「…おぞうにって笑いながら走ってくる、かぶき役者みたい…」
これは、さくらももこのシュールさが『ちびまる子ちゃん』の中で炸裂している瞬間だぞと、僕はひそかに感動した。
まる子の返答はと言うと、顔に縦線を走らせながら
「ふーん、………そう」
と苦笑いを浮かべるだけなのだが、『ふーん』と『そう』の間の三点リーダーが三つ続くところがミソだ。それだけ、まる子が困惑しているという証拠である。
ちなみに、『ちびまる子ちゃん』に出てくる登場人物の苗字(花輪、丸尾、みぎわなど)は、ガロでよく漫画を描いていた人たちの名前から取られている。
こういう所にも、わかる人にだけわかる仕掛けがしてあるのだ。きっと、さくらももこはかなりの漫画オタクなのだろう。
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母に頼まれ、いやいや父の寝室に向かった |
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昨日、1分映画の上映会が塾長宅で行われた。そんなに緊張しないだろうと思っていたのだが、やはり上映直前になると、明らかに鼓動が速まっていた。
来られていた山田監督から、上映後にありがたいアドバイスをいただく。自分では必要だと思っていた冒頭をカットしても、全く差し支えないので、その分を他のシーンを入れられると言われ、なるほどなと納得。
こちらの意図が、映画を見た人たちに、最低限伝わっていたとは思うが、改めて大画面で見てみると、もっとここをこうすれば良かったとか、不十分な所がやたらと目につく。
塾長が常々口にされてるように
『映画とは作りこみである』
というお言葉を再認識した一日だった。
次回は、その点を気をつけて、ステップアップしたいと思います。
上映会にお越しいただいた皆さん、ありがとうございました!
また次回もよろしくお願い致します。
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※汚い話題が嫌いな方は、読まないで下さいね。
4月10日の記事(汚い話)で、トイレが汚されていたと書いた。
最近、僕の勤めるコンビニのトイレが、どえらい事になっている。
バイトを始めたのが昨年の八月だから、働き出して半年以上になるのだが
今まではこんな事がなかった。
便器が汚れている事があっても、そんなひどくなかったし
床に飛び散っている事などはなかったのだ。
先週など、三日のうち二日、床が汚れていた。
見つけた瞬間、「ああ、またか」と思い、一応店長に報告を入れると
何かいい手はないかと悩んでいた。
さすがにトイレを貸すのを止めるわけにも、いかないし
どうしたもんかと悩んでいた店長が
苦悶の表情で出した結論は
『それらしき人がいたら、現場を押さえて、もう二度と汚さないように注意する』
という真に頼りない物だった。
実は僕、これは人間ではなく、“もしや妖怪の仕業では?”と考えている。
一応の根拠はある。普通漏らすと、気持ち悪くて歩き方がおかしくなるし、見ていてわかるものである。
トイレを汚されるようになってから、それとなく全員のお客さんを、チェックするようにしているが、怪しい人物が見当たらないのだ。
こちらをお読みいただけばわかるが、独り暮らしの男性の部屋に現れ陰毛を撒き散らす
『チン毛散らし』
なる妖怪もいる事だし、恐らくその近縁種ではなかろうか。
捕獲に成功すれば、当ブログでその模様を紹介するので、しばしお待ちいただきたい。
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『作劇的人々』の第十回を更新いたしました。ゲストは作家コースの東野明くんです。
どうぞ、よろしくお願いします。
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ああ、腹減った |
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作劇ネトラジの、第136回『現場での立ち回り』(4月30日更新)をお聞きになっただろうか。
司会は猪名山門士、出演者は、青谷圭、カマレンジャー、そして塾長の四人。
ヘビーリスナーなら、門士を前にすると、青谷圭がSになるのはご承知の事だとは思うが、いつもに増して、この回の青谷はすさまじかった。
ではここから、なぜ収録時に青谷が怒っていたかという裏話をお話しよう。
冒頭で
「なんで上着が半脱ぎなんですか?」
という青谷の質問に
「セクシーさをアピールして」とおどける門士。
「別にセクシーじゃないですけど」
即座に、氷のような冷たさで、切り捨てる青谷。
もはや『門士イジリ』ではなく、『門士イジメ』に発展しそうな、青谷の攻撃はこの後も続くのだが、実は、ネトラジ収録前に伏線となる出来事があった。
主にネトラジの台本は、青谷圭、猪名山門士、小波くろ、小島雪と私、高田豪が担当している。
その回の放送に出演しなくても、このメンバーは収録時には毎回来て裏方的な事を務めたりしている。
事件は、収録前に起こった。
ネトラジ打ち合わせをしていると、よく話が脱線する事がある。
どういう経緯でそうなったのかは、忘れてしまった。
だが発端は、小波くろの
「今、私ダイエットをしてるんです」
という発言からだった。
塾長が
「十分細いのに、それ以上、どこ痩せたいねんな?」
と小波に返す。
小波の正面に座っていた青谷圭も、せんべいを頬張りながら
「そうっすよ。小波さん、細いっすよね~」
と頷いている。
「実はお腹の周りがやばいんですよ」
とカミングアウトする小波。
「いいですか? お腹をシェイプアップしたければ、まず腹筋を鍛える事です」
と口を挟む門士。
「え~。そんなのですぐに、お腹がひっこむの?」
と半信半疑の青谷。
なぜか、ここで門士がヒートアップ。
「何言ってんスか。まずは脂肪の中にある、筋肉を鍛えるんスよ!」
その後、延々と独自のダイエット理論を展開する門士。
いったん暴走し始めた門士は、もはや誰にも止められない。
しかし、スリムな門士がなぜ、こんなにダイエットに詳しいのかは、少々疑問だ。
「これを実践すれば、お腹がひっこむんスよ! わかりましたか。青谷さん!!! 」
ドヤ顔で青谷に言い放つ門士。
明らかに機嫌が悪くなった青谷を見て、僕は嫌な予感を覚えた。
「ねえ、門士君。ひとつ聞いていいかな?」
ようやく、青谷の変調に気づいた門士。
「な、なんですか?」
と問い返す門士の額には、うっすらと汗が……。
『マシンガンお嬢』の名で親しまれる青谷だが、ここだけの話、本当に怒った時は、いつもの早口ではなく、ゆっくりと低い声で話すのだ。
「“ダイエットをしたい。お腹をひっこませたい”と言っているのは、小波さんでしょ?」
無言で頷く門士の目は、まるで回遊魚のように泳いでいた。
「それなのに、なんで私の方を見て、私にだけダイエット講座をするの? それは私にもっと痩せろって言ってるのかな?」
空気が一瞬にして、張り詰める。
“女帝”という異名を持つ青谷圭。
こうなると塾長ですら、声をかけられないのだ。
『青谷圭は影の塾長じゃないか?』
最近、そんな噂すら立っているとか、いないとか。
後ろの方で、総務の菅野君が打つ『カタカタ』という、キーボードの音だけが、響き続けている。
「すいませんでした」
テーブルに手をつき、深々と頭を下げる門士。
「まあ、いいよ。誰にでもミスはあるし」
と一見、寛容に見える青谷。だがその怒りがまだ治まっていなかった事に、ネトラジの本番になって、門士はようやく気づくのであった。
以上が、第136回ネトラジの裏話。
興味をお持ちの方は、ぜひ本編を聞いてみて下さいね。
『口は災いの元』
僕は、門士からそれを教わった。
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忌野清志郎が亡くなった。RCサクセションも好きだが、僕は特に『タイマーズ』が大好きだった。あと、友人である井上陽水と一緒に作った『帰れない二人』も名曲だ。
鳥越俊太郎が清志郎に、インタビューするという番組があった。
「失礼な話、清志郎さんて商業的には、ものすごく売れたアルバムがあるわけではないよね?」
となかなか、きわどい質問を投げかける、鳥越俊太郎に対し
清志郎は、苦虫を噛み潰したような顔で
「僕のレベルにみんな付いてこれてないだけですよ」
と答える清志郎を見て
「このおっさん、かっこええ」と思ったものだ。
それにしてもまだ58歳。若すぎる。
日本では数少ない本物のロックンローラーだった。
タイマーズの『ザ・タイマーズ』を聞きながら、この記事を書いてます。
それにしても『デイ・ドリーム・ビリーバー』は、何度聞いても切なく、泣きそうになってしまう。
合掌。
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塾長ブログ(4/29の小説技法)に、通りすがりの塾生さんから以下のような書き込みがあった。
人数も提出作品も多く、活気がある合評の場はとてもいいと思います。1人1人の作品に対して、意見を言い合う場は、とても大切な場ではあると思いますし、思った事を言い合うのは良いのですが、もう少し、言い方というものを考えてみませんか?言論の自由であるとは言え、あれでは傷つきます。盛り上がっているように見えましたが、今まで参加した中で一番ひどかったように思います。
みなさんは自分も作品を書いている身であり、どのように意見を伝えてあげれば、嬉しいとか助かるとかやる気が出るとかわかるはずです。書いているものにしかわからない思いがわかるはずであるのに、意見の仕方はまるで学生レベル。思った事をストレートに口にするのは、首をひねります。相手の気持ちを考えなさすぎです。
以前、塾長がブログの中で傷ついて来なくなる人がいると書いていましたが、本当にその通りだと思います。中には自信をなくし、作家活動を諦める人もいるかもしれません。これくらいで自信をなくすくらいなら、プロになれないよ。編集者なんてもっと厳しい事言うよ。と思う方もいるかもしれませんが、みなさんはあくまでも塾生であり、編集者とは違うわけです。意見と言うのは言えばいいというものではありません。その作品が本当に良くなっていくように、作者が行き詰まっている時に手を差し伸べてあげられる貴重な場所です。
もう少し合評の意味を考えましょう。
意見を言うなと言っているわけではありません。言い方を考えて欲しいと思うだけです。
僕は29日の小説合評に参加していたし、これはその時、その場にいた人間への提言だと思うので、意見させてもらう。
作劇塾の小説技法というのは、かなりの意見が飛び交う。まず自分の書いた小説を、みんなに読んで意見してもらうという機会は、誰しもほとんど経験がないので、合評に慣れるまでは、ダメージを受ける方も多いと思う。
僕自身、作劇塾に入って二年になるが、入塾当初は小説やシナリオの合評でかなり叩かれたし、正直言うと、「きついなあ」と思う時もあった。
特に僕と同期である、青谷圭の作品に対する批評能力は凄いものがあるので、それによって僕は鍛えられたし、彼女には感謝している。
通りすがりの塾生さんの
意見を言い合う場は、とても大切な場ではあると思いますし、思った事を言い合うのは良いのですが、もう少し、言い方というものを考えてみませんか?
という、ご意見はわかる気がする。確かに物は言いようで、同じ内容であっても、表現方法いかんによって角が立ったり、立たなかったりというのは、もちろんある。
僕自身も自分が塾に入った当初の事を覚えているので、初めて小説を書いてきた人を潰すような言い方はしないように、心がけている。
中には自信をなくし、作家活動を諦める人もいるかもしれません。これくらいで自信をなくすくらいなら、プロになれないよ。編集者なんてもっと厳しい事言うよ。と思う方もいるかもしれませんが、みなさんはあくまでも塾生であり、編集者とは違うわけです。意見と言うのは言えばいいというものではありません。
と、通りすがりの塾生さんは言われるが、これには反論がある。
ここから先は、通りすがりの塾生さんが、プロの作家を目指していると仮定して(作劇塾とはそういう場所なので)、意見させていただく。
アマチュアのうちに、精神的に強くなっている必要がある、と僕は思う。現に入塾後に、合作をしている漫画や小説の持ち込みで、僕は東京の出版社を何度か訪れ、編集者の方からご意見を賜ったのだが、作劇塾で鍛えられたおかげで、厳しい事を言われても平気だった。
相手の立場を尊重するのも大事だが、タフになっておく事も同じぐらい重要だと思う。
もちろん合評での意見の全てが正しい物だとは言わない。僕自身も見当外れな意見を言っている事もあるだろうし、中にはただの感情論としか取れない物もあるかもしれない。でもそれも含めて、率直な感想だろう。
プロデビューした後、読者が作者の事を慮ってくれるとは、とても思えない。
きつい言い方をされたからと言ってへこたれていては、プロになった時、どうやって作品を作り続けていくのか疑問だ。
通りすがりの塾生さんにお聞きしたいのは、ではいつどうやって精神を鍛えておくかだ。
その作品が本当に良くなっていくように、作者が行き詰まっている時に手を差し伸べてあげられる貴重な場所です
とおっしゃるが、相手を思いやってのソフトな物言いだけでは、心は鍛えられないと思う。作劇塾の人間は、優しい人間が多いと思うし、世の中に出ると、容赦のない意見に晒されるのは必至だろう。だからこそ、アマチュアのうちに、強くなっておく必要があるのではないか?
叩かれたら、落ち込むんじゃなくて
“面白い作品を書いて、いかに見返してやろうか”
そう思う方が建設的だと思う。
某巨大掲示板を見れば、お分かりになると思うが、世間には無責任な悪意が渦巻いている。プロのクリエイターになるというのは、そういう人たち相手に戦っていくという事でもある。だから覚悟が必要なのだ。
僕自身、合評では結構きつい言い方をする方である。でもそれは責任を持って言ってる。何度言っても欠点が解消されてない人間には、意識的にきつい言い方をする時もある。欠点に気づかなくて困るのは、本人だと思うからだ。
僕が最も言いたい事。それは通りすがりの塾生さんが“なぜ名前を明かさないか?”だ。
作家を目指しているにもかかわらず、塾長のブログに匿名での書き込みをするというのが、全く理解できない。真剣にプロを目指している僕からすれば、これは作家志望の人間が一番してはいけない事だ。
安全圏から物言いをするのは、覚悟がないから、もしくは傷つくのが怖いからじゃないか?
そのように僕は感じる。
言いたい事がおありなら、匿名ではなく、実名で書き込みをするべきだ。
もしくは授業の前でも後でもいいから、小説技法の授業時に「言いたい事があるので、ちょっとだけ時間を下さい」と断ってから、みんなに直接おっしゃればいい。
意見の仕方はまるで学生レベル、思った事をストレートに口にするのは、首をひねります。
とおっしゃるが、それが誰のどの意見に対してそう思われているのか、それとも全体に対しての印象なのかもわからない。
だからこそ、僕は直接、おっしゃった方がいいと思うのだ。この書き方では誤解を生みかねないし、おっしゃりたい事の全ては伝わってこない。
もし通りすがりの塾生さんが、このブログをお読みになっていたら、次の授業の終わりにでも、僕にお声を掛けてください。徹底的に語り合いましょう。
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一昨日の4月30日、中山塾長の『幽』の取材に同行させてもらった。去年、塾長の出身校である大阪芸大にも付いていかせてもらったので、『幽』の取材に同行させてもらうのは、これで二回目。僕の役目は、デジカメでその様子を撮影するというもの。
創作塾の方で僕がお世話になっている、有栖川有栖先生が、中山塾長を引き連れて、天王寺界隈を案内した後、飛田の方にある料亭での対談するという流れだった。
当日は天気が良く、みなさん笑顔だったのが印象的。
レポートは、また日を改めて書きます。
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コンビニの客で、五木寛之によく似た男性がいる。毎回、大阪日日新聞と日経新聞(合わせて220円)を買っていく。
彼は一見、紳士に見えるのだが、結構な曲者だ。
まずレジが込んでいて並んでいる時
「こちらのレジへどうぞ」
と、もう一方のレジを開けても絶対に動かない。
地蔵のように、じっとしている。
多分、ボブ・サップやチェ・ホンマンの力を借りても、彼を動かすことはできないだろう。
レジがすいているといいのだが、問題は混んでいる時。少しでも待たせると、プイッとすねて、いなくなる。
しかも、買おうとしている新聞と300円を、レジに放置したままで。
で、僕が慌てて清算し、彼を店の外まで追いかけて、お釣りと新聞を渡そうとするのだが
絶対に受け取らない。
いくら話しかけても、こちらを見ようとしないし、完全に無視である。
レジを長時間、空ける訳には、いかないので、結局、新聞と300円を持ったまま
店内へと戻る運びとなる。
ではもっとスムーズに買える場所に行けばいいと思うのだが、
彼はほとんど毎日、僕の働いているコンビニに来るのだ。
その辺りは、1月16日の記事に出てきた『ゴキブリ』とよく似ている。
完全に自分本位なのだ。
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