初めての文楽
この前、生まれて初めて文楽を見に行った。
文楽については、ほとんど知識がなかったので、ちゃんとわかるのかなと不安があった。だが作品の中にユーモアも含まれており、楽しんで見る事ができた。
シェークスピアの『テンペスト』を文楽で演じるという試みだったが、何とも幻想的な二時間だった。
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この前、生まれて初めて文楽を見に行った。
文楽については、ほとんど知識がなかったので、ちゃんとわかるのかなと不安があった。だが作品の中にユーモアも含まれており、楽しんで見る事ができた。
シェークスピアの『テンペスト』を文楽で演じるという試みだったが、何とも幻想的な二時間だった。
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本日、ネトラジの収録があった。
実は今週は収録する予定ではなかったのだが、明日アップ予定のネトラジのデータが機材のトラブルにより、アップできない状況になり、急遽新たに一本撮るということになったのだ。
かなりバタバタしていたが、どうにか撮り終える事ができた。前日に連絡したにも関わらずみんな快く参加を了承してくれた。
塾の教室に来て往復するだけで、かなりの交通費がかかる人もいたと思う。だがそれでも協力してくれたのが嬉しかった。
仲間の重要さを、今日は心底、痛感しました。
塾長をはじめ、ネトラジメンバー、そしてSさんとOさん、無理を言ったにもかかわらずご協力いただきありがとうございました!
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ある事情で、動物についての調べ物をしていた。
生物の本を読んでいて、興味深い事を知った。
人魚伝説の正体とされている、海牛(ジュゴンやマナティー)に関する項目に書かれてあったのだが16世紀、17世紀の大航海時代、人間に捕まったメスのジュゴン、マナティーは、生殖器が人間に近いという事で、船乗りたちの性欲処理に使われていたらしい。
そういえば、中島らも氏のエッセイにも、網にかかったエイに童貞を捧げる漁師がいると書かれていた。
気持ちよければなんでもいいのだろうか?
人間こそが真の野獣である。
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先週の土曜日、夢人塔のパーティーがあり、参加させていただいた。
本来ならプロのクリエイターのみしか、入れない貴重な空間なのだが、あちらのご好意で塾生の身でありながら入れていただいた。
隣に座っておられた方とお話をしたのだが、なんとあの伝説の喫茶『玲』によく集まって竹内義和さんたちと、カルトな話をされていた方だった。
当時は、今のようにオタクが市民権を得ておらず、というかオタクという言葉すらまだなかったので、変人扱いされていたとおっしゃっていた。
ありがたい事に、浅尾典彦さんの書かれた『ライトノベル作家のつくりかた2』をいただく。
今、読んでいるのだが,小説家を目指す人間には、めちゃくちゃためになる本である。
かなりお薦めです。
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昨日、作劇塾でやっている映画制作の撮影があった。
二ヶ月後の上映に向けて、各々が一分、三分、五分の映画を撮影するというもの。
僕は脚本、監督、撮影を務めたのだが、心配していた通り、天候がよくなかった。
公園で撮影をしたのだが、撮影開始の段階で小雨がぱらついている。仕方がないので雨よけのあるベンチの下で撮影する事にした。
初めて外部の女優さんに出ていただいたのだが、カメラを回した瞬間、スイッチが入り切り替わる様に感動を覚えた。
僕の撮影の後は、塾へ移動してM君の撮影。
彼の撮影はかなり難航したのだが、女優さんは泣き言ひとつ漏らさない。それどころか、みんなが疲れてきているな、と感じたら、現場を明るくしようとさえしてくれた。
本当に頭の下がる思いである。
ちなみにM君は、監督プラス幽霊役を務め、その際に顔を白く塗っていた。M君は、かなりの期間、髪の毛を切っておらず、髪をほどいて前に垂らすと、確かに幽霊のように見えるのだ。
撮影終了後、教室に移動しクーラーの効いた部屋で涼んでいると、その場に居合わせた塾長がM君に
「そのまま家まで帰れよ」
とポツリ。
その場では盛り上がったのだが、もちろん冗談だと思っていた。
帰宅してからM君の家に行き、本日撮影した映像の確認をパソコンモニター上でしたのだが(ちなみにM君は僕の上の階に住んでいる)
そこで
「あの後、トイレで顔の白塗りを落として帰ったんでしょ?」
と、一応確認してみた。
だがM君はにやあっと笑って
「いや、いい機会だったからメイクを落とさずに電車でそのまま帰ったよ。やっぱり日本人は目を逸らすけど、外国人は『Mysteries of the Orient(東洋の神秘)』って感じで結構こっちを見て来るね」
と返答。
いくら塾長の言うことは、聞くべきだと言っても、まさかここまで忠実に守るとは……。
電車に乗り合わせた人は、災難である。
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塾で撮っているオリジナル映画の打ち合わせ、及び挨拶を兼ねて、本日、出演していただく女優さんとお会いしてきた。
撮影当日、僕の後に監督を務めるM君とともに、待ち合わせ場所であるマクドナルドを訪れた。
時間よりも三十分以上も早く着いたので、店内へ先に入って時間を潰そうという事になった。
奥の席が空いているので、そこへ陣取ったM君と僕。
待ち合わせ時間の十分前になったら、店の外出て女優さんを待とう、と僕は考えていた。
質問事項の確認をしようと思った次の瞬間、隣の席の女性から
「おはようございます」
と挨拶をされる。
一瞬、「えっ!」となり固まる僕。
お名前を確認すると、出演予定の女優さんだった。
何でもM君は一度、お会いしていたそうで、M君のロンゲを見た瞬間、一発で作劇塾の人だとわかったらしい。
後で聞いたところによると、M君は僕の隣にいる人が、打ち合わせ相手の女優さんでないかと、薄々感づいていたらしいのだが、どうも今ひとつ確信をもてなかったため、黙っていたらしい。
偶然、二階にある隣の席に座っていたのだ。女優さんも三十分以上早く着いたので、先に店へ入っていようと思われたという事だった。
あらかた打ち合わせが終わった後、しばしの雑談。のはずが盛り上がってしまい、気がつけば三時間近く話し続けていた。
女優さんが『阪神ファン』と聞いてから、一気に距離が縮まったように感じたのは、気のせいか?
なんにせよ巨人ファンでなくて良かった。
政治、宗教、野球は、日本ではタブーであるものの、同胞とわかった瞬間に打ち解けるのもまた事実。
専門学校時代は、仲間内で映画を撮っていたが、外部から人を招いて出ていただくというのは初めての経験だ。
多少の緊張感はあるが、「この作品に出れて良かった」と言ってもらえるように、撮影当日は精一杯がんばる所存である。
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本日、有栖川有栖創作塾の第八期が幕を開けた。僕は、作劇塾に通う身だが、同時にこの創作塾にも第一期から通い続けている。
復帰された塾生さんが、ある賞の優秀賞を取られたそうで、その方の小説が本に収録されるらしい。
凄い事だ。
初日からいきなり刺激を受けた。
このように創作塾はいつもなんらかの形で、僕に刺激を与えてくれる。
僕も与えられてばっかりではなく、早く与える側に回らなければ。
いろんな意味でそう思った。
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僕はどちらかというと藤子F不二雄先生よりもA先生の方が好きなのだが、でもどちらの先生方も尊敬しているのには、間違いない。
中でも『21エモン』は、マンガがボロボロになるまで読み込んだ愛着のあるマンガだ。
この前、ボタンポン星の事をふと思い出した。
『21エモン』の最後の方の巻で、主人公である21エモンがボタンポン星を訪れる。
この星はハイテク化が進んでおり、何でも機械が代わりにやってくれる。
ボタンを押すだけで、全てが可能になっているのだ。
ちなみに、この上を行くのがボタンチラリ星で、ボタンを押すまでもなく、チラリと見るだけで事足りるという物凄いテクノロジーを持っている。
ボタンポン星は、ボタンチラリ星の人たちに劣等感を持っているのだが、それはさておきボタンポン星へ降り立った21エモンが、歩いているとベルトコンベアーに乗った老人たちがいる。どこかへ運ばれているのだが、不思議に思った21エモンが老人に尋ねると
「0次元に行くのだよ」
という答えが返ってくる。
「0次元って何?」と質問する21エモンに、老人は答える。
「この星では医療が発達しすぎて、死ぬ事ができないんだ。だから死にたくなったら0次元に入るんだよ」
老人の後ろの椅子に座っていた21エモンは慌てて、そこから脱出する。
小学生の頃に読んだのだと思うが、読みながらぞっとした記憶がある。
色々な人が指摘しているが、このボタンポン化現象は、現代の日本で進んでいる。
欲しいものがあれば、マウスをクリック(すなわちボタンをポン)するだけで、ネットで色々な物を買う事ができ、家まで配達してくれる。
そう言えば、福祉の発達している北欧は自殺率がかなり高いらしい。(日照時間の短さも関係しているらしいのだが)。
難しいもので人間というものは、過度なストレスに晒されると潰れてしまうのだが、全くストレスのない状態が続くと、今度は逆にそれが原因で鬱状態になる傾向にあるようだ。
このように優れたSF作品というものは、未来を予言する。
F先生、恐るべしである。
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■同行前夜
「有栖川有栖先生と中山塾長が『幽』の企画で対談をする」。
確かこの話を聞いたのは、取材日から遡ること十日前、飲み会の席だった。通常ならば塾長と北野誠さんが全国の心霊スポットに潜入する『やじきた怪談旅日記』の取材になるはず、だったのだが、とある事情で北野さんが芸能活動を自粛してしまったため、急遽、内容が変更。塾長の要望で三月に亡くなった露の五郎兵衛師匠の追悼企画となった。
有栖川先生のガイドで天王寺界隈を散策した後、料亭の鯛よし百番で対談を行うという。
作劇塾の塾生である僕だが、同時に姉妹塾の創作塾にも通う身なのだ。二人の“塾長対談”。うーん。是が日でも見たい。
塾長の対面で酒を飲んでいた僕は、それとなく「今回、塾生枠ってないんですか?」と探りを入れた。「どうやろな」とつれない返事の塾長。
ちょうど、その時の飲み会は野球の話で盛り上がっていたのだが、熱烈なタイガースファンである有栖川先生と、大の巨人党である中山塾長。「もしかして話が脱線して、野球の話にならないかな?」僕は酒を飲みながら、呑気にそんな事を考えていた。だがもしその話になったとしても、僕がそこにいなければまるで意味がない。
実はちょうど昨年の今頃、僕はやじきた怪談旅日記(『幽9号』を参照)の取材に同行させてもらっている。塾長の母校である芸大を訪れたのだが、“塾長が心霊スポットを訪れると、怪現象が起こらない”、これは定説だった。しかしそれが覆される瞬間に僕は立ち会ったのだ。
芸大の後に立ち寄った『どんづるぼう』で、聞こえるはずのない場所からラジオの音が流れてくる、という奇怪な現象を目の当たりにしたのだ。今回も、何かあるかもしれない。それに一流の作家同士がどんな会話をするかを聴いてみたい。
その後も塾長と顔を合わすたびに『幽』の取材への同行を願い出るも、なかなか『OK』が出なかった。「同行するのは無理かな……」と諦めかけていると「とりあえず当日、現場に来てみい」、塾長から、ありがたいお言葉をいただく。「ただし、まだ同行できるかはわからへんぞ。当日来てみて無理なら帰れよ」と、しっかり釘を刺されもしたが、一気にテンションが上がったのは間違いない。取材日、三日前の出来事だった。
■いざ交渉へ
取材日当日「はたして許可は下りるのか」と、ドキドキしながら僕は現場に足を運んだ。空を見上げると晴れ渡っている。燦々と輝く太陽を見ていると、少しだけ勇気が沸いてきた。
一足早く現場に到着した僕は、待ち合わせ場所の周辺を散策した。まだ塾長は着いていないようだ。
しばらく歩くと、芸大でご一緒させていただいたRさん(塾長の担当編集の方)と、カメラマンのSさんの姿が遠方に見えた。先に挨拶に行くべきかどうか悩んでいると、有栖川先生がこちらへ歩いて来られた。
姑息な僕は、ここで一計を案じた。
“虎の威を借ろう”と。
自ら有栖川先生の方へ近寄って行き、お声を掛けた。少し離れたところから、精一杯の笑顔で「おはようございます!」と元気良く頭を下げる。僕が来ることを知らされていない有栖川先生は、当然「あれっ?」というお顔。経緯を説明すると、いつもの笑みを浮かべながら「うん。別にええんちゃう」とおっしゃった。第一関門クリアである。「Rさんたちは、あそこにいらっしゃるようですよ」と告げ、先生と一緒にRさん、Sさんのいる所へと移動する。
有栖川先生たちの挨拶が終わった後、Rさんに自分がここへ来た理由を話すと、「わかりました」という返事をいただく。「これはもしかして、許可が下りたという事なのか?」ひとりウキウキしていると、僕と同じく創作塾、作劇塾の両方に通う塾生の青谷圭もやってきた。少しして塾長も無事到着。Rさんと何か話をされた後、僕たちの方を見て「ほな行くぞ」と告げる塾長。「はい!」と僕。念願叶ってRさんの好意により、同行を許されることとなった。
■安居神社で『天神山』
ここからは裏話。有栖川先生のご案内でさっそく清水坂、天神坂などの『天王寺七坂』をたっぷりと堪能した我々は、次に一心寺へ移動した。
寺の墓地を移動していた時である。突如、塾長が落語を始めた。うろ覚えだが確かこの噺『天神山』だったような気がする。だが「なぜこのタイミングで?」という疑問は残る。
そのまま熱演は続いたのだが、中盤に差し掛かった頃、塾長が落語を中断した。
塾長の顔を見ると、特に怒っている様子もない。「どうしたんだろう?」またしても僕の頭に『?』が浮かんだ。
一心寺を出た我々が次に向かったのは安居神社。
そこへひょっこり現れたのは一匹の白黒猫。「猫が落語を聴きに来た」とご満悦の有栖川先生。有栖川先生はご自宅で猫を飼われており、無類の猫好きだということはファンの間では、有名な話である。
それまで落語に耳を傾けていた有栖川先生だったが、どうも猫の出現後、そわそわし始めた。「ははん。猫好きの血が騒いでいるんだな」僕はほくそ笑みながら、それとなく有栖川先生を観察することにした。願いが通じたのか、何と猫の方から先生へと歩み寄っていく。ついに辛抱たまらなくなった有栖川先生は、落語そっちのけで猫に構い始めた。断っておくが有栖川先生も塾長と同じく落語好きである。だがそれよりも猫好きが勝ってしまったのだろう。中腰になった有栖川先生は猫をいとおしげに撫で始めた。やがて“落語猫”は去り、有栖川先生の注意も、塾長の落語へと戻っていった。
「恋しくば、訪ね来てみよ、南なる、天神山の森の中まで」無事、最後までやり遂げた塾長。神社内に拍手が響く。
この時、無知な僕はなぜ塾長がこの場所で『天神山』という演目を選んだのか気づいていなかった。しかし帰宅後に『天神山』という落語について調べ、思わず膝を打った。『天神山』の前半の舞台は一心寺、そして後半は安居神社。だからこそ塾長は一心寺で途中まで話し、残りの部分を安居神社に取っておいたのだ。場所によって演じ分けるとは、さすが塾長である。一見、思いつきに見える行動でも、全てに意図がある。改めてプロのスタンスを思い知った瞬間であった。
塾長の落語を堪能している間に日もくれかかってきたので、我々は百番へと向かった。
■『百番』にて
鯛よし百番で、中山塾長と有栖川塾長の塾長対談を生で聞くという、当初の目標を達成する事が出きた。どのような事が語られたかは『幽』の11号をお読みいただくとして、ここからは、ちょっとこぼれ話。
大阪文化についての非常に濃密な話の後、きっかけは忘れたが野球の話になった。僕としては、願ったり叶ったりである。不謹慎だが、もしかするとタイガース対ジャイアンツの代理戦争が見られるかもしれない。「これは面白い展開になるぞ!」と、期待に胸を膨らませた。
「私が小学校の頃、阪神は今ほど人気がなく、クラスでは私ひとりだったんですよ。あの頃は南海の方が人気は上だったかもしれません」と有栖川先生。
そうか、今でこそ数年に一回は優勝しているが阪神だけど、不遇の時代が長かったんだなと、感心する僕。
「しかし去年はタイガース大変でしたなあ。なんせ13.5ゲーム差をひっくり返されたんですから」ちくりと牽制をし始める塾長。
僕もタイガースファンなのでわかるのだが、この話題を出された時点でもうお手上げ。「すいませんでした」とシャッポを脱ぐしかない。
しかしさすがは有栖川先生である。
「それなんの話ですか?」ととぼけて見せる。全く動揺が見られない。何か作戦でもあるのだろうか?
「去年の話ですよ。まだ忘れるには早いやないですか」とじわじわ追い詰めていく中山塾長。
この攻撃に、どう対応するのかとハラハラしながら見ていたら、突然、有栖川先生がポンと手を叩いた。
「ああ、デトロイトタイガースの事ですね。すいません。大リーグには疎いもんで」と上手い切り返し。座がどっと沸いた。これにはさすがの中山塾長も一本取られた?
■R氏の美学
我々が百番を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。僕の前には、塾長と有栖川先生、そしてRさんが歩いていた。
いきなりブレーキ音がした。何かなと思い、音のした方向へ顔を向けると、横断歩道の方から自転車が猛スピードで突っ込んできていた。大阪名物の“追突自転車”である。僕も京都から大阪へ越してきた時に、何度となく同じ目に合っている。言わば誰もが通る試練だ。奇しくも自転車のおっさんは、ボロボロのタイガースの帽子をかぶっていた。
間一髪、体を翻して自転車を避けたRさんだったが、非情にも前輪、そして後輪がRさんの左足の甲の上を、ガタンコトンと通り抜けていった。だが、塾長たちは、話に夢中でそれに気づいていない。
「大丈夫ですか?」と、お声を掛けるべく一歩踏み出す僕。すると突然Rさんは天を仰ぎ始めた。いかに鈍い僕でも、さすがにそこで気がついた。Rさんは塾長や有栖川先生に心配を掛けないために痛みを堪えているのだと。何という心遣い。まさに編集者の鏡である。しかも、恨み言ひとつ漏らさない。
その後、地下鉄の改札まで塾長たちをお見送りした。Rさんに同行を許していただいたお礼を述べ、そこでお別れとなった。だが僕は見逃さなかった。Rさんが左足を引きずりながら塾長と去っていく姿を。視線を足から顔へと移動させたが、やはりRさんは笑顔だった。別れ間際、編集者のプライドを見た一瞬だった。
(了)
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僕がアルバイトをしているコンビニに、Sさんという女性店員がいる。
数年前にご主人を亡くされたそうで、家にいてもする事がないため、働こうと思ったらしい。
店長からこっそり教えてもらった話なのだが、このSさんが今、店で問題になっている。
Sさんがどういう性格の人か簡単に説明すると、極めて主観的なタイプ。自分が好きな物は相手も好きに違いないと決め付けてしまうような人だ。愛想がいいので、年配の客受けは良い。
朝8時から昼までの勤務を朝勤、17時から22時までの勤務を夕勤というのだが、Sさんは基本、朝勤で、週に何回か夕勤にも入っている。
数週間前、突然Sさんが店長に
「夕勤に入る曜日を増やして欲しい」
と直訴して来たらしい。
店員万引き事件で、人手が足りていなかった事もあり、店長は「お願いします」と、返事をした。
実はSさんが入りたいと言った曜日は、いずれもAさんという三十代の男性アルバイトと一緒に勤務する日だった。
店長の話では、SさんはAさんにぞっこんらしい。
何度断られても食事に誘うし、偶然、道端で出くわすと必ず「お茶を飲みに行こう!」と声を掛けるという(Aさんには彼女がいる)。
ついにたまりかねたAさん、数ヶ月後に今のコンビニを辞める決意をしたそうだ。
Aさんは口にこそ出さなかったが
「Sさんに付きまとわれるようになったのが原因ではないか?」
と店長は言っていた。
それがわかった瞬間、Sさんは夕勤を外してくれと店長に言ってきたらしい。
ちなみにこのSさん、もうすぐ七十に手が届こうかというおばあさんである。
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第八回へたなら寄席が無事終わりました。
最初の数分は緊張しましたが、やり続けているうちに段々とほぐれてきて中盤からは楽しくできました。
見にきて下さった方、ありがとうございました!
次回は来年の一月になるようです。
そちらの方も、ぜひよろしくお願い致します。
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児童ポルノ禁止法が改正されれば、宮沢りえが17歳時に出したヌード写真集『Santa Fe』の単純所持も禁止されるかも、というのが話題になっている。
さ『Santa Fe』が出版されたのは、1991年の11月。僕がまだ小学校の頃だ。僕は慢性のアレルギー性鼻炎を持っている。同じく鼻炎持ちの兄と、よく近所の耳鼻科に通っていたものだ。
兄は僕の四つ上だから、その頃は中学生だった。まあ思春期まっただ中だ。
耳鼻科の帰り、兄が書店に寄りたいと言った時があった。よくその書店では『じゃリン子チエ』の単行本を買った記憶があるが、その時兄が買ったのは『ヤングマガジン』だった。
表紙には『宮沢りえ ヌード』の文字。
小学生だった僕も、宮沢りえがヌードになったのは知っていたので、兄も興味があるんだなと思ったが、口には出さないでおいた。
そして、家に帰り兄が塾に行った後、僕はこっそり、さきほどのヤングマガジンを見る事にした。
ドキドキしながら巻頭のグラビアページをめくる。ヌードの写真が載っているのだが、何かが違和感を覚えた。おかしいなと思い表紙を確認し、あっと思った。
よく見ると『宮沢りえ ヌード』ではなく、『宮沢えり ヌード』の文字が……。
そう、『Santa Fe』のブームに便乗した企画で、AV女優の宮沢えりのヌードを巻頭グラビアにしていたのだ。
だから、塾に行く前の兄がしょげているのように見えたのかと、ひとり納得した。
恐らく、僕の兄と同じ被害にあった思春期の男の子はたくさんいたに違いない。
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明後日の5日(日)に、ワッハ上方4F・上方亭小演芸場にて、第八回へたなら寄席を行います。(詳しくはこちらのHPを参照)
僕の出順は三番目で、演目は『義眼』です。
お時間のある方は、ぜひ足を運んでください。
よろしくお願い致します。
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