流れ行くものの話
松尾芭蕉が奥の細道の冒頭で
『月日は百代の過客にして行きかう年もまた旅人なり』
と読んでいる。
月日というのは永い間に渡って、現れては消える客のようなものなので、毎年の流れも旅人ようにせわしないものだ
という意味らしい。そうなのだ。全ての物は流れて消えていく。
話は飛んで僕は、食器を洗う時に、排水口の所にある流しのカバーを取って、洗い物をする。
昨日の事である。僕がいつものように洗い物をしていると、一本の箸が排水口に向かってダイブした。大分ダイブした、というか、かなりのダイブであった事に間違いない。
僕は咄嗟に手を伸ばし
「早まるんじゃない」
と、言ったのだが、遅かった。
彼は、あっと言う間に排水口の中へと消えて行き、二度とその姿を見せる事がなかった。
実家から持ってきたお気に入りの箸だったのになと、幾分引きずりつつ、今朝、コンタクトを付けようと、洗面所に僕は立っていた。
水を出しっぱなしにしたまま、僕がコンタクトを付けようとしたその時である。
僕の指先から華麗にジャンプしたコンタクトレンズは、瞬く間に排水口の中へと旅立って行った。手を伸ばす暇すらなかった。あと十日は使えたはずなのに……。
というわけで、ふと冒頭に書いた芭蕉の名句を思い出した次第なのである。ワーオ。
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