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2009年9月

イカで逝く

昨日、創作塾の第八期、最後の授業があり、その後はいつものように交流会があった。

まあ、そちらの様子は『有栖川有栖・創作塾ブログ』をお読みいただくとして

僕の前には、輪切りにされたイカが皿に盛られて、置かれていた。

ああ、イカだなあ。久しぶりのイカだ、イカだ。と、思いながら

イカを箸に挟み、口へ運んだ。

そして、モゴモゴと咀嚼し始めたのだが、そこで僕はふとある事を思い出した。

そういえば、僕はイカを飲み込むのが苦手だった。

ヒロシのネタではないけど、タイミングがよくわからないのである。

まあ、なんとかなるさと自分に言い聞かせ、口内のイカを嚥下しようとした。

その瞬間、イカが喉の辺でピーンとなり、呼吸ができなくなった。

どうやら、食道へ移動したイカ君に対し、口内にいるイカさんが

「あなた、行かないで!」

と、ばかりに手を伸ばしてお別れを拒否したのだ。

イカの筋とでもいのだろうか、繊維が糸のようになって喉に張り付いているのがわかった。

えづくのを必死で我慢したが、すぐに限界がきた。

お見苦しい姿を回りの人に見せたくなかったので、トイレへ立ったのだが、あいにく誰か入ってる。

どうしよう、やばいなあ、と嫌な汗をダラダラ、顔に浮かべていたら、やっとイカ君とイカさんが別れを決意したようで、無事食道の方へと流れ落ちていった。

何でもイカの表皮は四層あり、三層目までは簡単にはがれるのだが、四層目の表皮は透明のため判別しにくく、肉の組織に密着し剥がす事ができないため、身についたまま残ってしまうらしい。だからイカは噛み切りにくく、まるでガムのようにいつまでも口の中に残ってしまうようだ。

イカは怖い。一番怖いのは、幽霊なんかではなく人間だと誰かが言っていたが、僕はそれよりもイカが怖い。

当分、イカを食べられそうになない。

別にいいけどね。

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ミックス

※これからかなり気持ち悪い事を書きますので、その手の話がお嫌いな人は決して読まないで下さい。

都会で生活していると、遭遇する昆虫は限られている。夏には公園でセミが、秋になれば、溝でコオロギが鳴いているが、家の中に進入してくる昆虫と言えば、なんと言っても蚊とゴキブリである。

『ザ・フライ』という映画がある。転送ポッドの中にハエが紛れ込んでいたというアクシデントから、人間とハエが融合してしまうという、まことに気持ちの悪い映画だ。

あの要領で、もし“二大害虫”といわれる、『蚊』と『ゴキブリ』が融合したらどうなるだろう。

もう吸血ゴキブリなんて、最悪だ。

考えただけで寒気がしてくる。

真夏、クーラーをおやすみタイマーに設定してそのまま寝たのだが、あまりの暑さに目を覚ます。

シャツがはだけて、腹が見えている。

痒みを覚えて、首を起こすと腹の上に何かがいる。

そう、吸血ゴキブリである。

全長四センチの吸血ゴキブリは、セミがまるで樹液を吸うかのように、自身のストローを腹に突き刺し、夢中で血を吸っている。

もし、こんな状況に出くわしたら、確実に気絶してしまうだろう。

しかも、いつの間にか皮膚の下に、吸血ゴキブリの卵を産み付けられており、それが数日後、孵化する。

嫌だ嫌だ。書いていて、気持ちが悪いこと、この上ない。

ああ、こんな記事、書くんじゃなかった……。

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根っこ

借りてきたアメトークのDVDを見ていると、江頭2:50をゲストに招き、トークをさせるという企画をやっていた。

ご存知の方も多いと思うが、江頭2:50は飛び道具的な存在で、じっくり座ってトークをしているイメージがない。

上半身は裸で黒いスパッツを履いて出てきて、人に体当たりするなど、何をするかわからないところに魅力があると僕は思う。

そんな彼の武器をあえて封印させて、トークをさせようとする。

当然、江頭2:50は自分の得意なフィールドへ持ち込もうと、席を立ち上がるのだが、その度に司会である雨上がりの二人に座らせられる。

顔には尋常ではない汗をかいている。

そして最終的にはどうなるかと言うと、客席に突っ込んでいき、スパッツを脱ぎして下半身裸になるのだ。

まあお決まりの展開といえばそうなのだが、僕は彼を見てふと思った。

江頭2:50は現在の日本で最高のパンクロッカーなのではないだろうか。

過去の日本で活躍したINUやザ・スターリンなどを見ても、本物のパンクロックというのは日本の大衆には受け入れられにくい。

ブルーハーツのように、大衆向けに変えれば受けるかもしれないが、そうするとやはり本来のパンクとは離れていく。

音楽番組に出て、MCの質問に答えを返す“安全な人”は、もはやパンクロッカーではないのだ。だからこそ生き方もパンクロッカーな人たちは、ほとんど表立ったメディアには登場せず、マイナーな存在になりやすい。

江頭2:50は、そのギリギリの境界線上にいると言えるだろう。

だから面白いのだ。

芸人とパンクロッカーは、突き詰めていくと根っこは同じなのかもしれない。

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『蚊』を考える

本日の昼間である。あまりに暑いので、衣服を脱ぎ捨てしばしの間、裸族生活に僕は戻っていた。

ふと右腕を見る。やられていた。『蚊』である。

僕は蚊が人を刺していいのは、八月までだと決めている。

だからとても腹立たしかった。九月になると、刺してはいけない。

これは、僕の家である種の不文律だった。

だが、その取り決めも、空気の読めない一匹のモスキート、略して『KYM』によって破られてしまった。

正直に言うと、アッパレという気がしないでもない。

蚊には素人の蚊と、玄人の蚊の二種類がいる。

素人の蚊は、やたらと耳元で羽音を立てて『俺、ここにいてますぜアピール』をしきりに行う。

中学生なのにタバコ吸っている俺ってすごいでしょ? みたいな感じだ。

もしくは、ノーヘルでアクセルを吹かしながら原付を運転する、制服姿の高校生と言えない事もない。

そして、時に彼女らは(血を吸うのは全てメス)、吸血しすぎて腹がパンパンになり動けなくなる。

アホである。

まるで、食べ過ぎて気が付くと動けなくなり、家の壁を壊さなければどうにもならなくなったアメリカ人男性のようである。

しかし、玄人の蚊は気配をまるで感じさせない。

「あっ」と思った時には、すでにやられている。

必要な血液を吸うとすぐに姿をくらますのだ。もちろん、耳元で羽音を立てるというような愚行は犯さない。

という事は、本日僕の血を吸った蚊は玄人だったわけだ。

とか、このブログ記事を書いている最中に、また僕は蚊に噛まれてしまった。

ぷっくりと膨れ上がった左足のふくらはぎを、恨めしそうに見るのだが、まさに後の祭りである。もうどうにもならない。

ああ、かゆい。

玄人、恐るべし。

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目と鼻の先

あるきっかけで映像系の仕事をしている人と仲良くなった。

驚いたのは、家がめちゃくちゃ近い事。僕のマンションから3分ほどの所に彼は住んでいる。

彼が作った自主制作のPVはこちらから、見る事ができます。

なかなかいいですよ。

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ウサギと暮らす

九月某日の夜中、突然兄が尋ねてくる。

「今マンションの外にいるから」とメール。

何事かと外へ出ると、よくマンションのゴミ箱を漁りに来ているホームレスと談笑している兄を発見。兄はなぜかホームレスが好きなようだ。

ちょっと来てくれと言われ、兄が運転してきた車の方へ移動する。

兄がトランクを開けると、ゲージに入ったウサギ(ハク)がいる。ゲージを持ち上げ

「ちょっと今から、東京へ旅行に行く事になったから、これ預かっといてな」

笑顔で僕に渡す兄。

ゲージの上には、“ウサギの世話のしかた”と書かれた紙が貼られている。

「土曜に迎えに来るわ」

とだけ言い残し、兄は去っていく。

さて、どうしたもんかと、世話のしかたと書かれた紙を熟読する僕。

朝と夜に固形のエサを与え、トイレの掃除と、寝具プラス餌である寝藁を変えればいいらしい。

おっかなびっくりで、ウサギの世話をする。このウサギ、頭の中には食べる事しかないらしく、僕がゲージの上で餌の入ったビニール袋を手にとるだけで、二本足で立ち上がり

「餌くれ、餌くれ」と催促する。

このまま放っておくと二足歩行しかねないので、しかたなく餌をあげると、一心不乱に食べ始める。食べ終わると、全身を伸ばして休憩。その様はまさに、“食後のおばはん”である。

そんなこんなで三日ほど、ウサギの世話をし続ける。

兄が土曜にウサギを迎えに来る事など、完全に失念していた。

土曜の夜ベッドで、録画しておいた阪神VS広島戦を見ていると、いつの間にやら寝入っていた。

深夜三時、突然鳴ったインタホーンで目を覚ます。

眠い目をこすりながら、ドアの覗き穴で来訪者を確認。満面の笑みを浮かべた兄が立っている。

兄弟じゃなかったら「ワキャア!」と、叫んでいるところである。

ドアを開けると

「ほんならウサギ持って帰るわ」

と、家に上がりこみ、ゲージをそのまま強奪していった。

三日ほど世話をしただけだが、ウサギを飼うのも悪くないと、少し思った。

Haku カメラを向けると、撮って撮ってとばかり寄ってきたウサギ(ハクさん)。

※伊良部のように下膨れで写っているのは、アングルのせいです。離れて見ると普通のウサギです。伊良部同様、食い意地がはってるのは確かです。

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告知

作家の田中啓文さんのご好意で、10月11日(日)に行われる『第21回ハナシをノベル!』にて、僕の書いた新作落語を月亭八天さんに、演じていただける事になりました。

ハナシをノベルというのは、作家の人が新作落語を書き、それを噺家さんに演じてもらおうというイベントです。

以下、詳細となりますので、ご覧下さいませ。

2009 年 10月 11日 (日) 午後 2:30~午後 4:30   
月亭 八天リメイク版『大阪ヌル計画(田中哲弥原作)』
新作ネタ下ろし『大(高田豪原作)』
ご祝儀:笑福亭 扇平/月亭 八斗
三味線:浅野 美希 

前売¥1800
当日¥2000

お問い合わせ
英知プロジェクト
06-6956-8810

場所

大阪市中央公会堂地下大会議室

こちらの地図をご覧になると、わかりやすいです。

興味のある方はぜひ足をお運びくださいませ。よろしくお願い致します。

先ほど、八天さんのブログを拝見していたら、僕の名前がありました。

やっぱり嬉しいもんですね。

当日、どんな高座になるのか今から楽しみにしております。

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むちゃくちゃしたれ!

『こんな試合むちゃくちゃにしたれ! 責任は俺が取ったる』

これは、2005年9月7日、名古屋ドームで行われた中日VS阪神戦で、当時阪神の監督だった岡田彰布氏が、審判の判定に腹を立てて、マウンドにいる久保田投手にかけた言葉だと言われている。

それを聞いて開き直った久保田が、ピンチを見事乗り切り、延長11回表に中村豊の決勝ホームランが出て、阪神が勝利した。

この天王山とも言われる試合で、中日を下した阪神は、その年に二年ぶりの優勝を飾るのだが、「むちゃくちゃしたれ!」という言葉は、今でも僕の心に深く残っている。

さて、16日(水)に中山塾長宅にて、塾生による自主映画の上映会が行われた。当日は、山田誠二監督も来て下さり、直接、見終わった作品に対して、意見を下さるという非常にありがたい機会に恵まれた。

こちらのブログをお読みになるとわかるのだが、その日、一番受けたのはかなた師匠の作品だった。まさに“むちゃくしちゃ”していた。もちろん、いい意味で。

「映画の文法をすべて無視している」というのは、ある意味で最高の褒め言葉ではないかと思う。

映画を撮ろうというよりは、面白いことをやってやろうというスタンスがはっきりしていた。

上映会の前日、ある作家の方と一対一で飲ませていただくという、こちらもまた非常にありがたい出来事があった。

その方と筒井康隆さんの話になった。僕のその方も筒井さんの作品は大好きという共通点があったのだが、その方曰く、筒井作品を読んで思ったのが

「何をしてもいいんだ」

という事だった。

小説でこんな事をしても許されるというのは、筒井康隆さんから教わったと話しておられた。

「何をしてもいい」というのは、「むちゃくちゃしたれ!」という言葉に、言い換えられると思う。

そして、もうひとつ感銘を受けた言葉があった。

「本当にやりたい作品が書けるのは、デビューしていない今の時期だけ。だから、精一杯やりたい事をやればいい。日和っていてはダメ」

気の弱い僕は、どうしても枠に合わせようとしてしまう傾向があるのだが、そうなると結果的に作品というものは、勢いがなくなり小さく収まってしまいがちだ。

中山塾長からも編集の人は、「今まで見た事がなかったような、度肝を抜くようなモノを期待している」と何度も聞いている。

飲ませていただいた作家の方の話やかなた師匠の作品に、僕はタイミングというか、何か運命的なものを感じた。

というわけで、むちゃくちゃします。小説で。

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『作劇的人々』更新情報!

『作劇的人々』の第二十四回を更新いたしました。ゲストは作家コースの有村武くんです。よろしくお願い致します。

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言葉の力

ドラゴンクエスト9が発売されてはや二ヶ月。現在370万本以上売れており、シリーズ最高の売り上げ本数を記録するかもしれないらしい。

さて、ドラクエの魔法で回復系のものがある。ホイミ、ベホイミ、ベホマラーなどが、それに当たるのだが、その魔法を唱えると、キャラクターのHP(戦闘でこのHPが0になると、そのキャラは死んでしまう)が回復する。

逆に、敵を攻撃する魔法もある。それを唱えると敵にダメージを与えることができるのだ。

この魔法というのを、日常に使う言葉に置き換えると面白い。

罵倒する言葉は、攻撃魔法に置換できる。ただ、そのダメージは受け取り手側に寄って変わってくるはずだ。

例えば、あなたの目の前に三人の人間が立っていたとする。

二人は見るからに、ふくよかな男性。もう一人は誰が見てもスマートな体型をしたモデルのような男性。

この三人に『デブ』という言葉を吐いたとしよう。

スマートな男性は、「おかしな事を言うやつだ。誰がデブなんだ。あれっ俺以外の人間に言ったのかな」と、あまり気にしないだろう。

残りのふくよかな男性二人。片方は、自分の太った体をチャームポイントだと認識しており、それを自分でネタにして、普段から笑いを取っている。彼は『デブ』と言われても、さほど傷づかないだろう。そこから展開させて、笑いに繋げるかもしれない。

最後に残ったふくよかな男性。彼は、自分の体型に強いコンプレックスを持っており、周りの人間もそれを気遣って、あまり体型や体重の話題を振らないようにしている。

彼は、そのフレーズにいたく傷つくはずだ。

彼にとっては『デブ』というたった二文字の単語が、攻撃系の魔法と同じ効力を発揮する。

逆に言えば、回復系魔法と同じ言葉というのも存在する。

誰かから言われたたった一言によって勇気をもらい、その後の人生が変わる人もいるだろう。

このように言葉というのは、人を殺める事もできれば、救う事も可能なのだ。

作家を目指す人間として、言葉に大しては常に神経質になっておきたいものである。

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目撃談

先ほどのことである。所用で、NGKの近くを自転車で通っていた。

前から来た男性とすれ違った後、非常に耳慣れた声が後ろで聞こえた。

「おはようございます。いつもお仕事ご苦労さまです」

自転車を止めて、振り返ると

西川きよし師匠が、大きな瞳を見開いて、警備員さんに挨拶をしておられた。

いろいろなテレビで“きよし師匠、いい人伝説”は聞いていたが、その確信を深めた瞬間であった。

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『うそつきかがみ』

ドラえもんの道具で『うそつきかがみ』というものがある。てんとう虫コミックスの二巻に収録されている。

鏡にうつる自分の姿があまりに美しく、そしてこの鏡、大変べんちゃらが上手いので、みんな鏡の前から離れられなくなる。

自らの美しさに恍惚としていると

「こうすれば、もっと美しくなれますよ」

と鏡がアドバイスを送る。みんな更なる美しさを求めて、それを実行するのだが、この鏡、とても底意地が悪い。

実は傍から見ると、笑い転げてしまうほど、変な顔になっているのだ。

「何で変な顔をしてるの?」

という真っ当な指摘を受けた人たちは

「そんな訳はない。自分がおかしな顔をしているはずがない!」

と怒り出し、ついには自分を美しく映し出す鏡の前から離れなれなくなってしまう。

このように依存性の強い危険な鏡なのだが、この辺りは新興宗教などに近いような気がする。傍から見ている人が、親切心でいくら言葉を重ねようと、どっぷりとはまっている人には届かないのだ。なぜなら、彼らは冷静さを欠いているから。

もし現実に本来の自分よりも二割増しで、美しく写し出す鏡があれば、馬鹿売れするのではないかと思う。

二割というのは、飽くまで僕の予想だ。これが五割とか六割増しになってくると、さすがにギャップがありすぎて、嫌になってくるような気もする。

しかし、問題もある。

通勤中に、お腹が痛くなり、駅のトイレに駆け込んだとする。用を足した後、顔を上げた時に、“ウソツキ”ではない、真実を写し出す鏡があった場合、出勤前なのに、げんなりしてしまうのではないか。

という事は、二割増しの『うそつき鏡』が、ほとんどどの家庭にでも置いてあるぐらい生活に定着した場合、今度は、日本中にある『正直な鏡』が撤去され、二割増し鏡がほとんどど、どこへ行っても見られるようになる可能性が高い。

となると、業者がまた更なる『二割増し鏡』を発売するという、いたちごっこが繰り返されるのではなかろうか。

そして、本来の自分とどんどん乖離していき、人は鏡なしでは生きられなくなる。

だが、仮に全世界から真実を写し出す鏡がなくなったとしても、瞳に写っている姿は、本来のままなので、本質はなんら変わらない。

当然ながら、美しい人は美しいし、そうでない人はそうでないままだ。

ただ美しくないのに、自分は美しいと思い込む人間が、かなり増える事だろう。

ちなみに、我が家にも、『うそつきかがみ』が存在する。

その姿見の前に立つと、通常よりもやや脚が長く見えるのだ。

種を明かすと、鏡が少し斜めに立ててあるため、そういう風に写るという事だけなのだが。

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季節の変わり目

ここのところ、ずいぶんと涼しくなり非常にすごしやすい。

七月上旬から九月の頭までの約二ヶ月、家ではほとんど衣服を着ずに過ごした。

八月は毎晩、裸で寝たのだが、風邪ひとつひかなかった。

丈夫な体に産んでくれた親に感謝したい。

だが、さすがにそろそろ何かを着ないと寒い。

そんな事を言いながらも、僕は今、裸でブログを書いているのだが、本日、今年の裸族生活も打ち止めの時だと感じた。

裸族の自分よ、しばらく、さようなら。

また来年、お会いしましょう。

そんなこんなで、そろそろ秋。

グラビア開けば、ほしのあき。

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同じ干支の彼

最近、バイト先に自分よりも一回り下の、高校生の男の子(以下A君)が入ってきて、週一回だが彼と一緒に働いている。

アルバイト自体が初めてらしく、見ていて非常に初々しい。

「廃棄食品は、なぜもらえないんですか?」

と率直すぎる疑問をぶつけてきたり、なかなか楽しませてくれる。

この前の事である。僕がA君にレジの操作を説明していると、店の外に男性が現れた。

三十代半ばといった辺りだ。A君がしきりに、その男性の事を気にしている。

僕が「どうしたの?」と尋ねると

「担任の先生なんです」と恥ずかしそうに言った。

その先生は、近くに住んでいるらしく、A君がアルバイトを始めた事を知り、寄ってみたのだと言う。

先生はガムを買い、A君からお釣りを受け取り、去り際にニコッと笑い

「がんばれよ」

とだけ言って去っていった。

なかなか、いい先生だなと思った。

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浪速区の犯罪

先週の金曜の事である。塾長宅でシナリオの授業があるので、僕はいつものように19時頃、自転車にまたがり家を出た。

途中、日本橋に寄り借りていたDVDを返却し、自転車に鍵を差し込むのだが、ロックが解除されない。99ショップで買ったロックなので、壊れやすいのだが、今回のようなケースは初めてだった。

しかたないので、塾長に連絡を取り、遅刻する事を伝える。

シナリオの授業の後は、いつも通り飲み会という流れになる。朝の八時頃まで残る。

その後、自転車を止めたままにしていた、でんでんタウンまで歩いていき、99ショップでラジオペンチを購入。どうにか、ロックを壊せないか悪戦苦闘する。

無理なので、とりあえず家まで持って帰ろうと、自転車のサドルの下を持って、前輪のみを道路に触れさせて、帰宅する。

その途中、近所のガソリンスタンドの辺りに、警察官や報道陣がたむろをしている姿を目撃。事件でもあったのかなと思ったが、自転車を運ぶのが先だと、彼らを横目で見ながら帰宅。

シャワーを浴びた後、ベッドへ倒れこみそのままグーグー。

で、先ほど知ったのだが、あの警察官たちがいたガソスタの向かいにあるマンションで殺人事件があったらしい。

そのマンションの、男性が殺された部屋の窓には、ダンボールが貼られているため、外から見ても「ああ、この部屋か」とすぐわかる。

そういえば、僕が大国町に引っ越してくる少し前に、浪速区で姉妹が殺される事件があったし、去年の10月には、すぐ近くにある個室ビデオ店で、16人もの人が亡くなるという痛ましい放火事件が起こっている。

何とも物騒な街だ。

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『作劇的人々』更新情報!

『作劇的人々』の第二十三回を更新いたしました。ゲストは作家コースの、かなたさんです。よろしくお願い致します。

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