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2010年5月

幼形成熟とクリエイター

幼形成熟という言葉がある。動物が幼い形のまま成熟し、繁殖できるようになる現象をいう。

有名なのがウーパールーパー(正式名称はアホロートル)。

通常、サンショウウオは幼い頃だけエラ呼吸で、変態を行い大人になると、肺呼吸に変わる。

よってエラはなくなるのだが、ウーパールーパーの場合、大人になってもエラが残っているのだ。

この幼形成熟というのは、クリエイターにも当てはまるのかなと思った。

以前、作家の人同士が2時間に渡り、己の仮面ライダー論を語っているのを目の当たりにした事がある。

ヒーローものや戦隊ものと呼ばれるジャンルに、子どもたちは強い興味を示す。

しかし大人になると、多くの人はそのジャンルから離れていく。

成人になっても、ヒーローものなどが好きでい続ける人がいる。

この人たちは、少年の部分を持ちながら大人になる。当然ながら、生殖器官が発達しているので、子作りができる。

まさに幼形成熟だ。

しかし、これは作品を作る上で大事な要素なのかなと思う。

大人が世間では、どうでもいいとされている事を、瞳を輝かせながら熱心に語る姿は素敵だ。

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おっちょこちょい

雑誌を買おうと、近所のコンビニに出向いた。

僕がレジに商品を持っていくと、店員さんが必死に何かを書いていた。

気配に察知したのか、顔を上げて

バーコードをスキャンする。

何を書いていたのかなと、レジの端に置かれた紙をチラ見した。

タバコの種類が増えた事を知らせる、手書きの紙だった。

ポップな書体でカラフルに、丁寧に書かれている。

惜しむらくは

『タバコの種類が増えました』ではなく

『タバコの種類が増まえした』と書かれていた事だ。

教えてあげようかと思ったが、そのまま気付かずに貼ったら、それはそれで面白いかなと思ったので、何も見なかった事にして帰った。

惜しい!

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大恐竜展

昨日、作劇塾の塾生一向で、長居公園にある大阪市立自然史博物館へ行ってきた。

大恐竜展というだけあって、巨大な恐竜の化石がいろいろとあり、圧倒された。

恐竜はスケールが大きいし格好いいけど、絶滅して良かったなあと思う。

あれがもし、そこかしこに今も生きてたら、いつ襲われるかヒヤヒヤしながら生活しなければならない。

さて僕は恐竜展を見ながら、どんな展示会があったら面白いだろうと考えていた。

プロレスラー展なんていうのはどうだろう?

僕はプロレスが好きなのだが、このまま行けばプロレスという文化が滅びるかもしれない。

そうなって欲しくないのだが、もし将来、プロレスというものが世界から無くなったとしよう。

しかし、あるひとりのプロレスマニアの発案で、過去、日本にはプロレスという素晴らしくもいかがわしいエンターテイメントがあった事を知ってもらうため、『大プロレス展』が開かれる。

例えば、ジャイアント馬場の骨を組み立てて、ケースの中に入れる。そして隣には蝋人形で肉付けしたジャイアント馬場を入れておく。

それを見ながら子ども連れのお母さんは、わが子にこう語りかける。

「ジャイアント馬場って、ほんとにジャイアントだったんだね」と。

その隣には、ミゼットプロレスラーを展示すると、ギャップがあっていいかもしれない。

女子プロレスは誰が適当か?

ビューティ・ペア、クラッシュギャルズ、ダンプ松本、アジャ・コング、キューティー鈴木などいろいろ候補は挙がるが、ここはやはりブル中野を推したい。

痩せる前のブルではなくて、もちろん太ももが競輪選手ぐらいあった頃のブル中野である。『今日から俺は』に出てくる伊藤のように、髪の毛を逆立てた頃のブルである。

それから夫婦プロレスラーとして

佐々木健介と北斗晶は同じショーケースに入れて展示すべきだろう。

もちろんアントニオ猪木も欠かせない。

猪木はあえて骨格標本のみの展示にすべきかなと思う。

やはりあの顎の骨は、骨のみで見た方が迫力があると思う。

どんなポーズがいいだろう?

延髄斬り、卍固めなどは骨格を組み立てるのに骨が折れそうだ(骨格だけに)。

なので、やはり『1、2、3ダー』で右手を天に突き上げているところになるだろう。

猪木の展示のみ、ケースには入れず客が骨を触れるようにしておくのがベターだろう。

顎に優しく触れると、突然、頭上に設置されたスピーカーから

『元気ですかあぁぁ!!!』

と声が聞こえ、客が腰をぬかすという仕組み。

ああ、夢は広がるばかりだ。

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ハ吐瀉物

大国町は柄が悪い。

大国町の住人は、ゴミ箱があっても平気で道端に捨てる。

大国町は飲み屋が多い。

よって吐瀉物も多い。

先ほど、大国神社の付近を通っていると、例によって吐瀉物が視界に入った。

その周囲に三匹のハトがいて、吐瀉物をつついていた。

突然、バサバサという音が聞こえた。

体の大きなハトが、小柄なハトの体にクチバシを付きたてた。

もしハトが言葉を発するなら

「お前何しとんじゃ! このゲロはわしのもんじゃのもんじゃ焼き、ゲロともんじゃは似とるんじゃ、せやからわしはゲロが好きなんじゃ、誰にも渡すかいや! ゲロゲーロ」

と叫んでいた事だろう。

ここまで必死になってもらえたら

吐いた方も本望だろう。

でも吐いたら片付けようね。

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言霊VS尻子玉

この前、車の後部座席に座っていた時の事である。

僕は隣の男性と談笑していた。

どういう流れでそう言ったのかは覚えていないが

少し酔っていた僕は

「このまま事故っちゃったりしてね」みたいな

冗談を口にした。

運転席と助手席に座っていた二人も会話していたのだが、ちょうどその時だけ黙っていた事もあり、僕の「事故っちゃったりしてね」発言が車内に響いた。

助手席にいた人に

「縁起でもない事を言うな!」

と睨まれてしまった。

実はこれ言霊なのである。

言霊とは言葉に魂や霊的な力が宿るという、日本独特の考え方である。

作家の井沢元彦氏が自著で言霊に関して書いておられるので、そちらを参考にして欲しい。

もし、この後に僕の乗っていた車が事故を起こしたとしたら

「お前がいらん事を言うたからやないか!」と叱責されたかもしれない。

だけど冷静に考えると、僕の発言とドライバーの運転ミスには何ら因果関係がないのだ。

少し前のリンカーンでこのような場面があった。

リンカーンでは『リストランテ・リンカーン』という人気コーナーがある。

若手芸人が見よう見真似で料理をし、それをダウンタウンを初めとするレギュラー陣に食べてもらうというコーナーだ。

そこで、松本人志氏がある若手の料理を見て、こんな発言をした。

「これって、おばあさんの尻の穴から出てきたみたいですね」

それを聞いた芸人たちは露骨に顔をしかめた。

これも一種の言霊である。

誰が考えても、その料理はおばあさんの尻の穴からひり出された可能性は低い。

だが、松本氏の言葉によって、瞬間的にだが、そのような錯覚に陥ってしまう。

それがもしデタラメではなく、いかにも“おばあさんの尻の穴から出てきた”みたいな料理だったら、なおいっそう言霊の力は強くなる。

このように言霊とは、呪文とほとんど同義なのである。

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大腸菌を越える愛

我々の周囲は微生物というか雑菌で溢れている。

だが幸いにして、それは肉眼で確認できない。

よく思うのだが、性行為とは

『細菌VS性欲』

もしくは

『細菌VS愛』

の戦いなのではないだろうか。

例えばディープキスは、相手の口内細菌を自分の口に取り入れる行為といえなくもない。

だが、行為中は興奮しているため、そんな事は気にならなくなる。

肛門なんかは、誰が考えても不衛生な場所である。しかし、それを汚いと感じない人がいるのは、よほど相手の事をいとおしく思っているか、もしくはそういう癖があるかだろう。

親の愛というのは、すごい。

幼くて自力で鼻をかめない我が子のために、ストローで鼻水を吸いとってやるという話をたまに耳にする。

これなんか、赤の他人だったら絶対できないだろう。

例えば……

通勤中に、背広姿の禿げた男性が道端でしゃがみ込んでいる。

心配して声をかけると、いきなりストローを手渡され

「私、この年になって恥ずかしいんですが、鼻をかむ事ができないんです。申し訳ないですが、そのストローで私の鼻水を吸って下さいませんか?」

なんてお願いされても、絶対無理である。

「ごめんなさい」以外の言葉が見つからない。

微妙なのが歯ブラシだ。

昔、小学校時代のクラスメートで母子家庭の男の子がいた。

母親と二人暮しだった彼は、一本の歯ブラシを共同で使っていると言っていた。

なんだか『一杯のかけそば《歯ブラシ編》』みたいな話にも思えるが(ちょっと違うか?)

いくら愛し合っていても、共通の歯ブラシを使うのは躊躇われる、という人は多いだろう。

思うに、歯ブラシは物だからである。

汚い話で恐縮だが

相手の口内、例えば歯の裏側とかに偶然、食べカスがついていたとする。

もちろんキスする前に、口内を清潔にしておくのが礼儀だとは思うが

ない状況ではない。

それがまだ許されるのは、相手の体に付着しているからだ。

もし、その食べカスを別の場所になすりつけられたら、その時点でもうアウトだと思う。

「私の事を愛しているのなら、あの壁になすりつけた食べカスだって食べられるでしょ?」

と、絶世の美女に懇願されても、僕なら嫌だ。

『ナインハーフ』という映画で、口だけを使って果物や氷を相手の口へと移すというプレイがあった。

あれも口移しだから、OKなのである。

もし口の中に入れたものを、食器へと吐き出されて、食べろと言われたら、相手はきついだろう。

恐らく何らかの物体が、相手の体温というか温もりに触れている状況だと、愛があれば、その物体を相手の一部だと錯覚できる。

それが相手から切り離される事で、物体から愛が抜けていき、冷静に観察できるようになる。

その物体は、冷静に見れば“細菌まみれ”なのかもしれない。

そこのあなた

最近どう?

いや、間違った。

細菌どう?

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『インタビューwithキタイ花ん』更新情報

キタイ花んに出演している芸人さんへのインタビューをやらせてもらっております。

今回はシーチキン佐野さんにお話を聞かせてもらいました。

こちら⇒インタビューwithキタイ花んで、記事を公開しておりますので、興味がおありの方はぜひご覧下さいませ。

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『フォーク並びと大阪人』

僕は結構、生真面目なところがあって、道にゴミを捨てる人や、列に割り込む人間を見たら、もの凄い不愉快な気持ちになる。

さて、フォーク並びである。

フォーク並び、というのが何か説明しておくと……

銀行や郵便局などで例えば、ATMが三つあったとする。

それぞれのATMに列を作って並ぶのではなく、列をひとつにして、空いたATMへ先頭の人が移動する、というのがフォーク並びだ。

僕は町田康氏が好きなのだが、彼も『河原のアパラ』という中篇小説の中で、このフォーク並びに有用性について、書いている。

どうもこのフォーク並び、大阪では定着しづらいのではないかと思う。

大阪というか、もっと限定すれば僕の住む浪速区では……という話なのだが。

というのも、僕はローソン99によく行くのだが、ここではフォーク並びを推奨している。ご丁寧にも床にフォーク並びをしやすいように、シールを貼って『順番にお並び下さい』とまで書いてくれている。

僕がローソン99でフォーク並びをしていると、必ずといっていいほど、それを無視する

“チョップスティック野郎”が進入してくるのだ。

もしかすると、そもそも彼らには“フォーク並び”、という考え自体がないのかもしれない。

無理もない。

浪速区はあまりにバーバリアンの割合が高い。

路上喫煙は当たり前。人の自転車の籠をゴミ箱代わりにするのも当たり前。万引き、通り魔、当たり前。夜に外を歩けば、かなりの確率で強姦魔か連続殺人鬼に遭遇する。

ごめん。ちょっと言い過ぎた。

でも、とっても柄の悪い街だ。

こんな輩たちに、フォーク並びという近代的で知的で合理的な概念が、あるとはどう考えても思えないのだ。

これは中国に著作権という概念が、なかなか定着しないのとよく似ているかもしれない。

だから浪速区にはラーメン屋が多いのか?

いや、それは関係ないな。

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頭の体操

言葉というのは、組み合わせ次第でかなり面白くなる。

試しに『痴漢』という言葉を使ってみよう。

【痴漢】+【対策】=『痴漢対策』……女性専用車両などは、まさしく痴漢対策と言えよう。

【痴漢】+【あかん】=『痴漢あかん』……大阪の地下鉄でよく見かけたポスター。

【痴漢】+【大統領】=『痴漢大統領』……痴漢をする大統領なのか、単なるあだ名なのかが気になるところだ。

【痴漢】+【病棟】=『痴漢病棟』……AVのタイトルでありそうだ。

【痴漢】+【スプラッシュ】=『痴漢スプラッシュ』……必殺技か?

【痴漢】+【魂】=『痴漢魂』……間違った方向に傾いた情熱。

【痴漢】+【ペンギン】=『痴漢ペンギン』……満員電車にペンギンがいるという絵はシュールだ。鳥類だからといって許される行為ではない。

【痴漢】+【と私】=『痴漢と私』……痴漢に遭遇した人の体験記。若干、文学的な香りが漂う。

【痴漢】+【ポタージュ】……『痴漢ポタージュ』……まずそうだ。商品化しても絶対売れないだろう。

【痴漢】+【VSプレデター】=『痴漢VSプレデター』……プレデターの圧勝が予測される。

このように『痴漢』の後にくるフレーズ次第で、こうもたくさんの意味を持つ言葉の組み合わせが出来上がるのだ。

『痴漢』という二文字は強烈だ。どんな言葉を持ってこようと『痴漢』という言葉のインパクトを超えられない。いい勝負をしてるのは『プレデター』ぐらいかもしれない。

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『カンチ改め』《創作物》

ねえ、カンチ

セックスしよっ!

うーわ、めっちゃ頷いてるやん

いやいや、ちゃうやん

そら、セックスしよ、言うたけど

言うたけどな

まさか、そこまでがっついてくると思わへんやん

鼻息めっちゃ荒いやん

台風みたいになってるやん

「ここで、ええやろ」てなんやねん

ええわけないがな

橋の上やで

しかも白金桟道橋ですよ、ここは

「余計興奮する」って、なんやねん

ほんまにあれやな

お前っちゅう男はムードの欠片もないなあ

離せ言うてるやろ!

婦女暴行で訴えたろか?

な、なんやて

合意の上やから和姦になるやと

ほんまにお前はあかんわ

そういう考え方してるから、もてへんねん

もうやめやめ

この話はなし

セックス中止、今日は解散

というかもう会うのもこれで最後

まさかこんな男やとは思わんかったわ

ここまで性獣やとはな

名前変えたらええねん

長尾完治から長尾性獣郎に変えたらええねん

なんやねん、泣くなよ

セックスできひんからって

泣くなよ、カンチ

あんた、そんなにうちとやりたかったんか?

「うん」て、頷くなよ

まさか、そこで頷くとは思わへんかったわ

イタイなあ

自分、イタすぎるわ

イタイタやな

わかったわ

あんたの粘り勝ちや

その代わり、一回だけやで

一回したら、うちの事、忘れるんやで

後腐れなしでお願いしますわ

ホテル?

そんなんもうええやん

うち、はよ帰りたいねん

その辺の堤防でええやん

はよしいや

行くで! 性獣郎

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『キンカンの法則』

最近、緊張と緩和についてよく考えている。

『緊緩の法則』とは爆笑王である桂枝雀さんが発見された、笑いが起こる法則だ。実はこれ、笑い以外の作品にも多く当てはまるのだ。

特に笑いと裏表といわれている恐怖は、かなり緊張と緩和が重要となってくる。

色々な事象、状況を頭に浮かべ、「これは緊張、これは緩和」という風に分けていくと、時に発見があって楽しい。

ふと思ったのだが、職場恋愛である。

あれがなぜ顰蹙を買うかというと、緊張していなければいけない状況において、二人だけ緩和してしまうからである。

断っておくと、ここでいう職場恋愛というのは、付き合っている当人同士が認識できる範囲にいる恋愛の事である。

アルコールや甘い物というのは、完全に緩和といえる。

仕事で緊張した後の一杯というのは、張り詰めている神経を無意識に緩めているのだ。

お菓子はいうまでもなく緩和である。

例えば、対して親しくない関係の相手に対して、お茶とお菓子を出すのは、それによって場を緩和させる効果があるからなのではないか、と僕は思う。

もちろん甘い物が嫌いな方も中にはいらっしゃるだろうが、多くの甘党の人間はお菓子を口の中に入れた瞬間、自然に顔が綻んでしまう。

それによって、親しくない相手との距離が縮まる気もする。

職場恋愛というのは、お菓子やアルコールに置き換えられるのでないだろうか?

仕事場に妻や彼女がいたら、多くの男は仕事がしにくいと感じるはずだ。

なぜなら、妻や彼女というのは自分を緩和させるものである(ただし、恐妻家は例外とする)。

集中力の持続が緊張で、それが良質の仕事を生み出す条件だとすれば、そこにいるだけで緩和効果を発揮してしまう妻や彼女というのは、仕事の妨げになって当然である。

自分が真剣に仕事をしているのに、隣でいきなりビールを飲みだす人間がいたら? あるいは向かいの机でムシャムシャとチョコパフェを食べだし、口の周りを汚している人間がいたら?

そのように想像すると、同僚に対して配慮のない職場恋愛が、顰蹙を買う理由も理解できる。

かなり話が脱線してしまうが、AVでは職場や教室といった通常では、緊張が強いられる神聖とされているシチュエーションでの性行為が多く見受けられる。

なぜか?

人間というものはおかしな生き物で、絶対にしてはいけない所での性行為に性的興奮を覚えるものなのだ。

タブーを犯す快楽というのだろうか?

『この箱を絶対に開けてはいけないよ』

といわれると、開けてしまいたくなるのが人間なのだ。

“人間、みなパンドラ”である。

ただし、実際に箱を開けてしまうと、パンドラの箱、同様えらい事態が起こり破滅に陥ってしまう。だからこそ男たちは、妄想を具現化させたAVを見て、自慰行為にふけるのである。

こういった破滅への回避の仕方は、とても健全であり、知的である、と僕は思う。

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『インタビューwithキタイ花ん』更新情報

キタイ花んに出演している芸人さんへのインタビューをやらせてもらっております。

今回は『尼神インター』のお二人にお話を聞かせてもらいました。

こちら⇒インタビューwithキタイ花んで、記事を公開しておりますので、興味がおありの方はぜひご覧下さいませ。

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『やり逃げ横丁』《創作物》

目を覚ますと、頬にひんやりとした感触があった

まだ辺りは薄暗くて人通りは少ない

ふと、昨夜の記憶が甦る、断片的に

見知らぬ男に声を掛けられた私は

地下にあるバーへと行った

そこまでは覚えている

しかし、その後どうなったのか

まるでわからない

ただひとつ確かなのは

熱狂的な巨人ファンである私が

トラッキーの着ぐるみを着せられ

道路に捨てられているという事だ

恐らく男の仕業だろう

男の携帯のストラップが

タイガースの物だったのを覚えている

この上ない屈辱

これなら、たんにやり逃げされた方が

まだましだ

さあ、これからどうして帰るべきか

この忌々しいトラの着ぐるみを今すぐ脱ぎすて

下着姿で帰宅すべきか

それとも恥を忍んで

この格好のまま帰るべきか

それが問題だ

辺りを見回すと

新聞配達の自転車が

こちらへ向かってくるのが見えた

坊主頭の自転車の少年は

私の姿を視界に入れると

「ムフッ」という笑みを漏らした

殺してやろうかと思った

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『淫語』を考える

もしもリンゴ・スターが、ジョンとポール、ジョージの後ろで、ドラムを叩きながら淫らな言葉をつぶやき続けていたら、彼はその瞬間から

『淫語スター』

と呼ばれただろう。

そんな話はどうでも良い。

もし小倉優子が淫らな言葉を連発し始めたら、彼女はあくる日から

『淫語ももか姫』

と呼ばれるだろう。

そんな事はどうでもよい。

もう良いのだ。

さて昨日、藩金蓮さんからお誘いを受けある居酒屋で飲んでいた。

珍しく僕以外は全員、女性という面子で、興味深いお話をたくさんお聞きした。

どういう流れかは忘れたが、淫語についてのトークになった。

まずその前に淫語が何かご存知ない方のために説明しておくと、淫語とは日常生活で口に出すのがためらわれる卑猥な言葉である。

どうやら女性限定での言葉のようだ。

エロマンガでよく淫語表現を目にする。

女性が卑猥な言葉を能動的に連発するというのが多いように思う。

僕にはよくわからないが、あの手の表現が多々見られるという事は、それだけ需要があるという事なのだろう。

AVを見ていると、行為の際中に男優がAV女優に淫語を言わす、というのもまた、よく目の当たりにする。

思うに“淫語とは落差”の事だと思う。

普段から、卑猥な言葉を口にしている人が、淫語を言ったところで、当然ながら落差は生じない。

狼少年と一緒で、また言っている、別に珍しくも何ともないと、思われる。

見るからに寝屁をしてそうな女性が、道路の真ん中で

「私は昨日、寝屁をしてしまいましたあー!!!」

と叫んだところで、何も生み出さない。

寝屁をしてそうな女性が、寝屁の事実をカミングアウトしたところで、意外性はゼロである。

逆に、淫語を絶対、言わなさそうな人が、恥を忍んで淫語を口にする。

これは多くの男を興奮させる。

なぜなら笑いと同じで、振り幅が大きいからだ。

落差が最も大きいのは、やはり最初なのかなという気がする。

一度、淫語を口に出した瞬間、相手の中でその女性は、『淫語を言った人』という認識に変わる。

一度、言ったのだから、また言うのだろうと男は考える。

だがここはあえて裏切るべきかと思う。

確かに一度、淫語を言ってしまったが、だからと言って毎回、淫語を言うとは限らないわ、という態度を取るべきだ。

『私は淫語を言うためにこの世に生を受けた訳ではない! 母親に謝れ!』

と男を怒鳴りつけるのもいいだろう。

そして、相手が忘れた頃に、またポロリと淫語を口にする。

すると、相手は喜ぶ。

なぜなら、そこには意外性があるから。

男なら誰しも経験があると思うのだが、お気に入りのAVがあって、そこばかりを見ていると、絶対に飽きてしまう。

脳が展開などを記憶してしまい、意外性がなくなって、興奮できなくなるのだ。

しかし、これが冷却期間を置くと、また復活する。

脳には“忘れる”という、大切な機能がある。

そして最初見たような新鮮な輝きを取り戻す。

これは淫語も一緒で、淫語が興奮するからと言って、淫語まみれの日々を送っていると、淫語中毒になり、、淫語の良さが分からなくなるのではないか?

もはやそうなると淫語地獄で、それは逆に淫語に対して失礼なのではないか、とさえ思う。

難しいのは落差があればいいのか? といえば、そうとは限らない事だ。

例えば、ある美しい女性が脱糞をしたとすれば、それは落差があるのだが、そこまで行くと、ふり幅がありすぎて、エロスの領域からはみ出してしまう。性的興奮には繋がりにくい(一部マニアは除く)。

ここまで書いて、数えてみたのだが“淫語”という言葉を二十回以上も連発していた。

これ以上、書くと淫語中毒になりそうなので、今日はこの辺りで筆を置きたい。

僕が言いたかったのは、エンターテイメントの基本。それは裏切りにある、という事である。

しかし、裏切りにも二種類ある。良い裏切りと悪い裏切りとが。

みなさんも、淫語を使われる際は、くれぐれもそのタイミングに注意されたし。

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『ドッグハウス』《創作物》

むかつくわー

さっきから何回『ハウス』言うねん

俺の態度見たらわかるやろ?

入りたないねん

特に今はあかんねん

察してくれよ

無理なもんは無理やねん

もう夕暮れ時や

そら俺かてな

そろそろ小屋に戻りたいよ

小屋に戻って、くつろぎたいよ

せやけど戻られへん事情があるねん

飼い主よ

飼い主さんよ

小屋の中を見て下さいよ

ほら、もっと奥

暗闇の中で光る

二つの瞳が見えるやろ?

あれが原因やねん

なんや知らんけどな

いつの間にか誰か別の犬が入ってるねん

ほら『ガルルルルー』言うてますやん

めっちゃ威嚇してますやん

だから無理やって

絶対、無理

なんべん『ハウス』言われても

ハウスには戻れません

あの犬出してくれよ

たった一匹のかわいー、かわいー飼い犬の頼みやがな

あんなんおったら怖くて入れへんやん

えっ!

なんやて?

ここ田中さん家と違うの?

ええーっ!

中田さん家かいな

そうかいな

これひっかけ問題やな

まんまとやられたがな

テレコやったら良かったのになあ

いやあ、なんでもないこっちの話や

しかしこれ、恥ずかしい間違いやなあ

あのな

中田はんのご主人

そない、じいっと俺の事見んでもよろしいやん

そら俺、恥ずかしい間違いしたよ

家を間違えるなんてな

確かに飼い犬として失格やと思うわ

せやけどそないじいっと見んでもええやろ

そんな責めるような目で……

わかったわ

こう言うたらええんやろ?

中田はん、ハウス!

はよ、家ん中入り

奥さんに怒られるで

中田はん、ハウスやて、ハウス

いやローンがまだ残ってるとか

そんなん関係ないねん

ええから、ハウス!

ハウスやて、ハウス!

あかんわ、全然俺の言う事聞かへんがな

やっぱり『ハウス』は

自分で言うより言われる方が性に合ってるみたいやな

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