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2010年6月

『哀しきニコラス』《創作物》

えっ何ですか?

ちがいますよ

僕、日本人ですよ

いやだからね

日本人っていうてるやん

なんで緊張しながら下手な英語で話しかけんの?

そら、おれ見た目はバタ臭い顔してるよ

ニコラス・ケイジによく間違えられるよ

でもな、俺思うねん

身長見てから言ってって

俺って自分で言うのもなんやけど

背ぇ低いやん?

150センチないやんか?

だからな

よう考えたらわかることやねん

150センチのニコラス・ケイジってありえへんやん?

マイケル・J・フォックスでも、もうちょいあるで

やめろや

なんやねん急に

バター塗りつけんなや、顔に!

どういう事やねん

えっバタ臭い顔してるからバター塗りつけたなった?

しばいたろか!

やめろって

顔グイッてすんなって

なんで俺の顔を地面につけようとするねん

しかしお前、えらい力やな

うーわ、犬よってきてるやん

めっちゃでかいやん、あの犬

あいつあれちゃうん?

山で遭難した人、助ける犬やろ?

なんで街中におるねん

首のとこにラム酒の小樽つけてるやん

あーあ、めっちゃそば来た

めっちゃそば来た

ハフハフいうてるやん

やめろって

顔なめるなって

こそばいやんけ

おい、誰や服を脱がそうとしてるんわ

コラッ! パンツはあかんやろ

あかん

犬が邪魔で手ぇ伸ばせられへん

おい、だからパンツはやめとけって

別に脱がしたからって

大したもんは入ってへんねんからな

あれっ急にみんなどっか行った

もう飽きたんかな

でも助かったわ

ほんまにあいつら何やってん

あっお巡りさん

いや違いますねん

いきなり『逮捕!』言われてねえ

僕、困りますよ

公然わいせつ罪ですか?

いやいや、よう見て下さいよ

僕のどこが猥褻なんですか?

そら今の僕は完全に全裸ですよ

でも全裸やから全てが猥褻かいうたら

それは違うでしょ?

署まで来いとか言わんといて下さいよ

痛い痛い!

ちょっとどこ掴んでるんですか?

皮が伸びるでしょ?

お巡りさん、手術代払ってくれますんか?

カツ丼で勘弁してって何やねん

全然、トントンになってないがな

ああ、こんだけ言うてもダメですか

やっぱり逮捕ですか?

やっぱり手錠ですか?

後ろ手ですか?

もう最悪や

ニコラス・ケイジに似てるからのに

なんで刑事に逮捕されなあかんねん

あっ今、お巡りさん、笑いましたね

見逃しませんでしたよ

プププって笑いましたやん

僕もケイジ、あなたも刑事

だからもう争うのはやめましょう

ラブ&ピースで行きましょう

ダメですか?

やっぱり逮捕ですか?

心狭いですねえ

ついでに言うと額も狭いですねえ

べかちゃんみたいやねえ

ああ、今は南光か……

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ああ重複

どうも僕は気に行った小説や漫画を、何冊も買ってしまう傾向にあるようだ。

同じタイトルであっても文庫とハードカバーの両方を揃えたくなるし、全く同じ商品であっても自分の持っている物よりも、少しより状態の良い商品を売り場で見つけると、買ってしまう。

今日も僕の大好きな、藤子不二雄A先生の名著

『不思議町怪奇通り』

『ぶきみな5週間』

の二冊を購入。

これがまた分厚いのだ。

こうして物を置く場所に難儀するのだが、それでもこれは僕の持って生まれた性格というか性質なのだから、直りはしないだろう。

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『AVレンタル考』

これはAVレンタル経験のある男性諸氏ならわかると思うのだが、AVをレンタルしようとい思い、店舗のレンタルコーナーでパッケージを見ながら、真剣に何を借りようか悩んでいると、カップルが入ってくる事がある。

その瞬間、穏やかだった空気が一変する。

僕は彼らが大嫌いなのだが、今回はその原因を考えてみたい。

色々といいたい事はあるのだが、僕がそういう輩を不快に思う最大に理由。それは、覚悟のなさだろう。

ああいったカップルは、大体が冷やかしに来ているのだ。

それが証拠にフラッと入ってきて

たいていの場合、女性の方が「うわーこんなのがあるの!」、男の方は「な? スゲーだろ?」とか言った後、すぐに出ていく。

すなわち借りる気は、ハナからない。まさに物見遊山なのだ。

ゲスガノ大先生のお言葉を借りると、そう、あそこはまさに戦場なのである。

もうひとつ不愉快なのは、彼らがカップルでAVレンタルコーナーに入ってきている自分たちに陶酔しているという点だ。

その顔を見ていると、「俺たちはこんな事だってできるんだぜ。堂々とこんな場所に二人で入っちゃうんだぜ」みたいな優越感がありありと見てとれる。

「私たちって進歩的でしょ? そしてちょっとワルでしょ?」

みたいな感じ。

あえて人目につく電車の中で、タバコを吸う中学生に近い。

すなわちセンスや美学の問題だろう。

内心は色々と思っているのに、平然とした顔を作り、レンタルコーナーに入ってくる女性。そして、“男の聖域”に連れ合いを連れてくる優越感丸出しの男性。

残念だが、二人とも美学を持っていきてるようには到底思わない。

あそこは土俵みたいなもんなのだ。神聖なのである。

もし高見盛関がAVを借りに来ていたら、そういうカップルが入りそうになった瞬間、必死に止めてくれるはずである。運が良ければ、男の方に張り手のひとつでもお見舞いしてくれるはずだ。

そういえばこんな事もあった。

以前、僕がAVコーナーに行き借りる商品を手にして、そこから出ようとしたら、反対側の通路から男性と鉢合わせになった。年の頃は30代中盤から40代ぐらいであろうか。

彼も、もちろん手にはAVを持っている。

僕より先にその男性が出て行ったので、後ろを歩く形になったのだが、外の映画コーナーでその男性を待っている女性がいた。雰囲気から考えるに、恐らく奥さんだったはずだ。

奥さんは、ご主人が出てくるなり笑顔で言った。

「じゃあ行こっか?」と。

奥さんは奥さんで、外で借りる映画を選んでいたらしい。

二人はそのままレジの方へ歩いていったのだが、僕はその二人を見て、いいもんを見たと、ひとり頷いていた。

僕の勝手な想像だが、その人たちは人間的魅力の溢れる人たちに違いないと思った。

そう、全ての行動に人間性というのは、出てしまうのである。

たかがAVレンタルとあなどる事なかれ。

そこは戦場。

そう、幾人の戦士たちが死闘を演じ、そして儚く消えていった愛憎渦巻く聖地なのだ。

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『うん考』

Coccoが自分の歌う歌の事を『うんこ』みたいなものと、どこかで語っていた。

よく考えれば、深い言葉だと思う。

うんこ、というのは当然ながら排泄物である。排泄物が体内に溜まってくると、気持ち悪いし、それを出したいと思うのは自然の摂理だ。

Coccoの発言には続きがある。

歌をうんこだと思っていたけど、自分が歌を好きだと気づいた時から、歌をうんことは感じられなくなった。その瞬間から、歌を商売にしてはだめだと思い、休止を決意した、というのだ。

創造の欲求というのは、排泄物に置き換えられるだろうか?

例えば、素晴らしいと思える閃きが合った場合、すぐにそれを作品にしたいという欲求というのは理解できる。だがそれはCoccoのいう『うんこ』とはまた意味合いが違ってくる。こちらの方はどちらかといえば、自己顕示欲に繋がっているのだ。

Coccoがうんこと例えたのは、恐らく人に見て欲しくない物だったからだ。

排泄行為というのは、排泄中、もしくは排泄後に快感があるのだが、もし出したいのに出せないという状況が続くと、それはとても苦しい。まさに便秘状態。

そして歌を『うんこ』に例えた事は、初期のCoccoの作品の中に含まれている『憎悪』、『敵意』、『やるせなさ』といったネガティブな感情と密接にリンクしている。

己の中にある、とてつもなく苦しい事を作品に昇華していくという行為は、どちらかといえば芸術に近いのかもしれない。

どうでもいい話だが、高校の頃、僕の担任だったD先生が、ある日、トイレに入入ると、“とてつもないほど大きなうんこ”が便器の中に、放置されていたという。

それを見たD先生は、「その気持ち、俺にもよく分かるぜ」と呟き、便器の中の物に合掌してから流したそうな

この特大のうんこは、やはりCoccoのいう、うんことは間逆の存在である。

とてもポジティブで清々しい、うんこなのだ。

作者の見て欲しいという、純粋な欲求が表れたうんこ。

自己顕示欲の強いうんこなのである。

いや、ちょっと違うな。

うんこ自体の自己顕示欲が強いのではなく、うんこを生み出した、すなわち、うんこをクリエイトした作者の自己顕示欲が強いのだ。

なるほど、なるほど。

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『憎悪さん』《創作物》

憎悪さん

憎悪さん

あいつが憎いのね

そうね

母さんも憎いのよお♪

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『インタビューwithキタイ花ん』更新情報

キタイ花んに出演している芸人さんへのインタビューをやらせてもらっております。

今回は『ザ・ツタンカーメンズ』のお二人にお話を聞かせてもらいました。

こちら⇒インタビューwithキタイ花んで、記事を公開しておりますので、興味がおありの方はぜひご覧下さいませ。

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『闇米』《創作物》

大好きで

誰より愛しい君だから

あえて僕は閉じ込める

小人のように圧縮し

炊飯器へと閉じ込める

君は閉所恐怖症

たちまちパニックゆかいだな

どんなに大きく叫んでも

誰にも聞こえやしないんだ

なぜならそこは炊飯器

あるのは少しの米粒と

地獄のような闇ばかり

僕はかなり忘れっぽい

君がそこにいる事も

やがて忘れてしまうだろう

何も知らない母親が

君の上に米、落とす

2合、3合当たり前

運が悪けりゃ5合炊き

君はお米と一緒に炊かれ

茶碗にこんもり盛られるだろう

僕はやっぱり忘れっぽい

君が茶碗にいるとは知らず

そのままクチャクチャ咀嚼する

君の体を咀嚼する

そうなる前に逃げなさい

炊飯ジャーから逃げなさい

それじゃあ、無理だよ、炊飯ジャー

もっと必死にならないと

君はもうすぐ米の中

君はもうすぐ闇の中

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『ゴキジェット考』

我が家に出没するゴキブリたちは、ちっさいのが多い。ゴマぐらいのサイズの物もいるほどだ。

見つけたらゴキジェットプロを手に、あの世へ送るようにしているのだが、やつらはスピーディーだ。

いつもゴキジェットプロが近くにあるとは限らない。

とりに行っている間に、忍びのごとく物陰に隠れられる事もしばしばだ。

ゴキジェットプロが悪いのではない。

正直、僕は、この商品の発明者にノーベル賞をあげてもいいとさえ思っている。

ゴキブリの体液を見る事もなく、殺せる代物である。

しかもノズルがついているので、敵との距離がそこそこあっても仕留められるのだ。

いっその事、冬以外はゴキジェットプロを体に内蔵しておきたい。

右手の人差し指の先からゴキジェットプロのスプレーが出るようになればいうことなしだ。

見つけた瞬間、指先を標的に向ける。

そして僕が念じただけで、指先から噴射されるのだ。

中身がなくなったら、やはり尻の穴から補充すべきだろう。

という訳で……

触覚を洗って、待ってろ! ゴキブリども

絶対に、このままじゃ、済まさんからな!!!

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『手洗い考』

これは僕が小学校低学年からずっと思っていた疑問である。

トイレで用を足した後、ほとんどの人間は手を洗う。

手洗いする前に蛇口を捻る。

そうしなければ水は出てこない。

出てきた水と石鹸やハンドソープなどを使い、手を洗う。

そして手洗いを済ませた後、水を止めるため再び蛇口を捻る。

そして、そしらぬ顔でトイレを出て行く。

だが、考えて欲しい。

最初に蛇口を捻る時の手は、汚れた手である。

という事は、その手に触れられた蛇口には菌がついている事になる。

そして、綺麗に洗った手で再度、蛇口に触れる。

という事は、再び手に菌がついた事になる。

そして、そのままの状態でトイレを出て行っている。

病院などでは、やはりその辺りを徹底しているらしく、全く手を触れる事なく、手洗いができるようになっているらしい。

手を入れると感知して、水や石鹸が自動で出てくる例のあれだ。

駅や図書館などで用を足す時は、感知式の物が設置されている所も増えてきている。

だが家庭では裕福な人でないと、そんな設備は整っていないだろう。

ひそかに思っているのだが、手を洗おうが洗うまいが、よほど徹底しない限り、さほど結果に変わりはないのではないだろうか?

※こんな事書いていますが、僕は必ずトイレの後に手を洗っています。そこんとこ、よろしく。

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アクシデント!

久しぶりにジーパンを洗ったのだが、そのポケットにUSBメモリが入ったままになっていた。

もう壊れてしまっただろうなと、思いながらパソコンにUSBメモリを挿入してみると、まだ生きていた!

今度から、彼の事を『不死鳥』と呼ぶ事にしよう。

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人糞の破壊力

一週間前ぐらいからであろうか、僕の住むマンションの駐輪場の片隅に、人糞らしき塊が鎮座するようになったのは。

この前、同じマンションに住むM君に確認したところ、やはりあれは人糞だと答えていたので、ほぼ間違いないと思われる。

どこぞの酔っ払いが催して、やってしまったのだろう。「そのうち掃除のおばさんが片付けてくれるさ!」と高を括っていたのだが、片隅にある事で死角となっているのか、未だに放置されたままである。

これが犬糞だったら、まだそこまでダメージは大きくないのだが、何しろ人糞である。人の糞と書いて、人糞。

ある調査結果では、鳥の糞が0.5、犬の糞が1.2とした場合、人糞は8500ぐらいの破壊力があるらしい。

僕は毎日、自転車に乗って出かけるので、駐輪所に行く度に「またあそこに人糞が置かれたままだ……」と暗い気持ちになるのだ。

やる気をそがれるというか、一日の始まりからいきなりの大打撃である。

それが毎日続いている。悪夢だ。悪魔の人糞だ。

一体いつまでいる気であろう? あの人糞は。

とりあえず、先ほど駐輪場へ自転車を留めに行った僕の感想を

李さん一家風に表現すれば

『実はまだ駐輪場の片隅にいるんです(人糞が)』

といった感じだ。

明朝には無くなっている事を祈る。

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『インタビューwithキタイ花ん』更新情報

キタイ花んに出演している芸人さんへのインタビューをやらせてもらっております。

今回は『セルライトスパ』のお二人にお話を聞かせてもらいました。

こちら⇒インタビューwithキタイ花んで、記事を公開しておりますので、興味がおありの方はぜひご覧下さいませ。

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ゴキブリの足跡

部屋にゴキブリが出たとする。

結構、大きめのやつだ。

そいつをやっつける。

その後、ゴキブリが移動した場所は裸足で歩けない。

しかし、よく考えてみればというか、考えなくてもなのだが、ゴキブリの体で床に触れている箇所といえば足先のみなのだ。

そうでなければ、あんなに速く移動はできない。

だが、あの体全体が床にべっとりとついたようなイメージをこちらに植えつける。

それもやはり、あの漆黒という配色が原因なのではなかろうか。

黒というイメージは強烈だ。

もし、ゴキブリがスケルトンだったら、どうだろう。

だったら、そんなに嫌な気はしないかもしれない。

だが、スケルトンゴキブリだと、何を消化しているのかが見えてしまう。

ご飯粒、焼きそばの切れ端、パンの欠片、フリカケ、髪の毛などの混ざった物がグチャグチャに入り交ざっていたらどうしよう。

ああ、書いていて気持ち悪くなってきた。

今夜はご飯が食べられそうもない。

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