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2010年12月

今年もありがとうございました

本年も当ブログをご覧いただきありがとうございました。

また来年も足をお運びいただけたら幸いです。

どうぞみなさん良いお年をお迎えください。

ウサギは焼いて食べると美味いらしいですよ。

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『土足のニワトリ』《創作物》

ああ、コッコ

あんた家上がってきたあかんやないの

どっから上がってきたんや

ここはな

人間が生活するところや

あんたはニワトリやから入ってきたらあかんの

ちょっとあんたどこ行くんよ

人の話聞いてんのかいな

どこ行くのよって

ああ、こんなに卵生み散らかして

床の上に卵生むもんやないで

藁の上で生みなさい

もう、全然人の話聞いてないし……

うわっまたや

また卵産んだ

そんなに連発で生んだらあんた

体に悪いで

もっと小出しにしていき

せやないともたへんで

あっもうヒヨコ孵ってるがな

早いなあ

気ぃついたら床ヒヨコだらけやないの

ようけ生んだな

無精卵やなかったんやな

おかしいなあ

オンドリおらへんのになあ

なんでヒヨコ生まれんのかな

あかん

いつの間にやらヒヨコに囲まれてる

一羽悪そうな顔したヒヨコおるわ

萬田銀次郎そっくりやな

こいつが全員を束ねてるみたいやね

ちょっとあんたら

どきなさい

どかんと踏んづけるよ

ヒヨコやったら何やっても許されると思いなさんな

もうええ

もうわかった

私移動する

あんたら気にせず移動する

踏み潰すで

なんやあんたら

いきなり密集してからに

何がしたいんや?

うーわ、ヒヨコ合体したやん

めっさでっかいヒヨコになったやん

キングスライムみたいやん

ちょっと何やの

あんたちょっとヒヨコやなってるやないの

ダチョウみたいやな

えらい首長なってからに

その体勢は?

えっ? 私に乗れって言うてんの

まあそこまで言うんなら

乗らんこともないけど

じゃあ乗るで

私、結構重たいで

つぶれなや

ほな行くで

うわー、走り出したがな

あんた、凄いスピードで階段下りるなあ

あっどこからか音楽流れてきた

聞いたことあるなあ、この曲

息子の部屋からよく聞こえてきた曲やがな

ああっそうか

そうやったんか!

あんたあれやな?

チョコボやな

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突然そこに現れたもの

僕が住んでいる部屋は独立していて、両隣に部屋がない。

そこが気にいって入居を決めた。

今朝、洗濯物を干そうとベランダに出ると、タバコの吸殻が落ちていた。

僕はタバコを吸わない。

だから僕の仕業ではない。

喫煙者を家に招いた記憶もない。

もしや上の住人か、と思って見上げた。

だがタバコを下のベランダに落とせる穴などない。

向かい側では新築マンションを建てているのだが、建物全体にシートがかぶせてあるので、タバコをこちらへ投げ入れるようなことはできない。

うーむ。不可解だ。

この吸殻、果たしてどこからやってきたのだろうか?

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人前で鼻をかむ、という行為とエロスの関係

この季節はフィギュアスケートがよく放送されている。この前も何気なくザッピングしていたらある女性スケーターが本番前にリンクを滑っていた。

練習を終えてコーチの元に戻ってきたその選手は、ティッシュを手に取ると『チーン』と鼻をかんだ。

一瞬、「あれっ?」と思った。

人間なので鼻ぐらい噛むだろうが、あまりに自然にかんでいたからだ。

最近、注目を集めている村上佳菜子選手が演技後に、キス&クライで思い切り鼻をかんだことがあった。

テレビ中継されているのに、全くそれを気にせずに鼻をかむ仕草がかわいらしいという声が多かったようだ。

ちなみに『鼻をかむ』で検索してみると『村上佳奈子 鼻をかむ』というフレーズが最も多く表示される。

それだけ話題になっていたようだ。

恥じらいもなく鼻をかむ様が、子どもっぽくて好感が持てる、という意見が多いのは、逆にいえば、成人女性は人前でむやみやたらに鼻をかまない、ということだ。

鼻をかむ、という行為がなぜに恥ずかしいか?

体液を出しているからである。

前に人は体液を放出している時、無防備になっているという記事を書いたが、同時に体液というのはエロスに結びつきやすい。

女性の汗フェチという男性を知っている。これもある種、体液の放出に他ならない。

亡くなった僕の父が、日曜のお昼になると、よくマラソンを見ていた。

しかしこれが面白いことに、女性がランナーの時しか見ないのだ。

父に尋ねたところ

「男が走っている様はむさくるしいので見る気がしない」

と答えていた。

今から考えると、父が女性のマラソンばかり見ていたのは、汗を通してある種の性的なものをどこかに感じとっていたからかもしれない。

話を戻そう。

僕が見かけた女性スケーターは、ご飯を口に運ぶかのように、慣れた動作で鼻をかんだ。

氷上は気温が低い。

だからどのスケーターも鼻がよく出るのだろう。

あまりに慣れすぎていたせいで、流れるように鼻をかんでいた。

だからこそ、体液を出しているのにも関わらず、僕は何も感じなかった。

もしこれが恥らいながら鼻をかんでいたら、印象は変わったのかもしれない。

洋物AVが苦手な人は結構、多い。

訳を尋ねると『スポーツみたい』『女性が獣みたいな咆哮をする』など、その手の理由が多い。

これは総じて『恥らっていない』という意味に置き換えられる。

だから性的に興奮しないのだ。

“恥”という概念と日本人は、密接に関連している。

あるアメリカの文化人類学者は日本を“恥の文化”と規定した。

対人恐怖症という“恥”の病は、日本人特有のものだといわれている。

だからだろうか?

日本人の男性は、“女性の恥じらい”が大好きだ。

恥らった女性の顔にエロスを感じるのだ。

女性スケーターは、演技が始まると途端に表情が豊かになる。

そこが本番なので当然なのだが、あるスケーターは少女のような笑顔を浮かべながら、氷を滑り、別のスケーターは妖艶な顔つきで演技をする。

しかし本番前もカメラは彼女たちを映し続けている。もちろん演技後も。

一瞬の隙を逃さずに、カメラはぴたりと寄り添っている。

だからというわけではないが、本番前も自分だどんな顔をしているのか、自覚すべきである。

“家に帰るまでが遠足です”という名言があるが、“スケート靴を脱ぐまでがフィギュア”なのである。

氷上にいる時ぐらい、もっと表情に気を配ってもいいと思うのだが、いかがだろうか。

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呼吸するように嘘をつく人たち

僕の周囲にいつも口からでまかせばかりを言っている人がいる。

というわけで今回は、呼吸するように嘘をつく人たち、について考えたい。

僕の知っている『二人の嘘つき』を例に挙げて話を進めよう。

まず最初に記しておくが、彼らは頻繁に出まかせを言うのに、決して周囲からは嫌われていない。

むしろ人気者である。

ついた嘘で、結果的に何人かの人間を怒らせてしまったりもするが

「なんでそんな嘘を言うんですか!」

と直接言われているということは、そこまで関係がこじれてはいないのだろう。

人間、心底嫌いな人間とは関わりたくもないので、愛想を尽かされればその時点から一切、交流がなくなる。

「ここを直した方がいいよ」

と注意されているうちは、嫌われていないのだ。

次にこの二人の共通点、トークが面白く性格が明るい。

みんなが集まる所では、たいていその場の中心になっている。

そして話をしているうちに、無意識に嘘をついている。

これは多分、周りを盛り上げようというサービス精神が根っこにあるからだ。

人を貶めようとか、そういった暗い気持ちはあまり見られない。

どちらかといえば『これを口にしたら周りは喜ぶのかな?』といった、少年に近い心境なのかもしれない。

ただ厄介なことに、彼らには周囲が盛り上がれば何を言っても良い、というところがある。

だからなのだろうか?

その場で自分が言ったことを忘れていることがほとんどだ。

それが行き過ぎると、たまに意図せず人を怒らせたり、傷つけたりすることもある。

ただ、性格が明るいので、まあしょうがないか、とキャラで許される面が多分にある。

そこを本人も自覚しているので、嘘を改めようという気にはならないのだろう。

むしろ、出まかせを言って、人を楽しませるのが、自分の使命だ、ぐらいは思っていそうだ。

あと、同じ話を何度か聞いても、その度に変わっている。

記憶力が悪いため欠落した部分を、脳が無意識に補い、その結果、細部が変わっている可能性もあるが、笑福亭鶴瓶氏のように話を重ねるごとに洗練されてきているのかもしれない。

彼らは嘘の中に何割かの本当を混ぜるのだ。

これをやられると、聞いている側は、どこまでが本当でどこまでが嘘なのか、本当に分からなくなる。

これはエンターテイメントに通じる部分なのだ。

実はこの二人の嘘つき、クリエイター業についている。

なので無意識に嘘をついてしまう能力が、職業上プラスに働いている。

いや逆に言えばそういった特性があるから、クリエイター業に就いたともいえるだろう。

『虚実皮膜』という言葉がある。

“芸”の真実は、虚構と現実のはざまにある、という近松門左衛門が提唱した芸術論なのだが、これはエンターテイメントにもそのまま応用できそうだ。

嘘ばかりだと、それは芯がなくて説得力もない。

現実の割合が100パーセントだと、これはこれで味気ない。

嘘と現実を上手にブレンドさせると、それは人を喜ばせるストーリーとなるのだ。

漫画の神様、手塚治虫氏も、小学校時代に夏休み何をしていたのかを、みんなの前で語るという時に、途中から話を逸脱させていき、体験していないことを、まるで自分が体験していたかの如く語って、クラスメートを喜ばせていたらしい。

昔からそういった資質があったということである。

お笑いなんかは特にそうなのだが、逸脱や飛躍があるからこそ、落差ができて面白いのだ。

現実にあることを、なんの加工もせず、そのまま出したとしたら、それは起伏の乏しい、つまらない話になりがちだろう。

さて、この二人の嘘つきは、出まかせばかり言っているにもかかわらず、嫌われないと先ほど書いた。

もちろんキャラクターもあるのだが、それはなんだかんだ言いつつも、彼らの語る“出まかせ噺”がその場にいる人間を喜ばせているからだ。

もうひとつ重要なのは彼らがクリエイター業で、お金を稼げているところだろう。

それは、嘘ばっかりついているが、バランス感覚やコミュニケーション能力が高い、ということを証明しているということになる。

もし、人を楽しませられるような嘘つきだったとしても、ニートだったら何の説得力もない。

そんな輩は、“存在自体が嘘”みたいなもんだ。

この二人の嘘つきが顔を合わす場に、出会わせたことが一度あった。

もう凄かった。

嘘つき界の東西の両横綱、その場に介したことがあった。

朝青龍VS白鵬みたいなもんである。

どちらがより多くのそして楽しい嘘をつけるか、速射砲の撃ち合いになり、物凄い数の嘘が飛び交い、収拾がつかなくなった。

そして、阿吽の呼吸で、この二人を二度と会わせてはいけない、という不文律がいつの間にかできあがり、以後この二人は顔を合わせていない。

何度も『嘘つき』と書いたがこの二人、厳密にいえば『ホラふき』なのだろう。

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偽長州に騙された男

少し前のツイッターで長州力がツイッターを始めたと話題になっていた。

水道橋博士氏が、「あの長州力がツイッターを始めたらしいぞ!」と呟いたのを見たプロレス好きの僕は、すぐに長州氏をフォローした。

その後である。

長州偽者説が浮上したのは。

そういえばおかしいと、みんなが段々気づき始めた。

そしてついに真実が。

こちらの記事↓

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/sports/prowrestling/?1292895192

をご覧いただければ分かるのだが

長州氏のオフィシャルブログ

あの長州は“なりすまし”です、との発表があったのだ。

う~む。やられた。

被害者として長州力偽もの氏から、慰謝料を“徴収”せねばなるまい。

これを気に本物の長州氏が、ツイッターを始めてくれれば面白いけどね。

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反日教育とエンターテイメント

偶然つけたテレビで中国の反日教育についてやっていた。

愛国教育と称する反日教育を施される思春期の少年少女、といった感じで授業の様子を紹介していた。

興味深かったのが、ストーリーという言葉。

これ自体はこの番組のメインテーマでもあるのだが、中国政府はこのストーリーを上手に利用していた。

近代史の中に出てくる日本が、もちろん敵になるのであるが、ようは日本という国家と中国という国家を、それぞれ擬人化、キャラクター化しているようなものなのだ。

物事には様々な面があり、スポットを当てる場所によって、印象はまるで変わってくる。

日本という国を、理由もなく、のべつ幕無しに人を殺しまくる、殺人によって快楽を得るシリアル・キラーのように描く。

そしてその化け物を倒すのは、正義のヒーロー、中国というのが大まかな流れだろう。

この構図は何かに似ている。

そう力道山時代のプロレスだ。

悪役ヒール白人レスラーが、ひたすら力道山を卑劣な手で痛みつける。

おしんのように耐えて耐えて耐えまくる力道山。

そして試合終盤になると、必殺の空手チョップが炸裂し、白人レスラーは成敗されてしまうというのが、その頃のプロレス。

見ていた日本人は熱狂した。

ナショナリズムを刺激されているからだ。

こういったストーリーや対立図式はシンプルなほど良い。

その方が誰にでも伝わるからだ。

刺激的で単純なストーリーを教えることで

より多くの人に同じ価値観を植え付ける。

それが彼らの目的である。

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『インタビューwithキタイ花ん』更新情報

キタイ花んに出演されている芸人さんへ、インタビューをやらせていただいております。

今回は『びわこメロディ』のお二人にお話を聞かせてもらいました。

こちら⇒インタビューwithキタイ花んで、記事を公開しておりますので、興味がおありの方はぜひご覧下さいませ。

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『柿を食いそこねた男』《創作物》

あかんなあ

もう、ちょいやねんけどな

もうちょいで、あの柿取れそうやねんけどな

くそっ、俺の身長では届かんか

憎いなあ

自分の身長が憎い

おかあちゃんのやつ、なんでもうちょっと

大きゅう生んでくれへんかったんや

ああ、腹減った

ひもじいわ

なんか棒でもあればええんやけど

それか台みたいなものでもあったらなあ……

こんなとこに台なんかないよなあ

ほんまにだいなしやわ

あっ急に暗くなったで

もう日も暮れかかっとるんか

寂しいなあ

でもまだ三時やで

三時といえばおやつの時間ですよ

だから人様の柿を食べようかと思ったんやけどね

三時で日が暮れるかねえ

世も末やな

ちゃうわ

ちゃうがな

これ人陰や

あんまり大きかったんで気づかなんだ

うわー、馬場さんやがな

今まで図鑑でしか見たことなかったけど

生で見んの初めてやな

こうやって見ると大きいなあ

3メートルぐらいあるなあ

図鑑では2メートル9センチって書いてあったけどなあ

うわー、アッポー、アッポー言いながら

柿むしゃむしゃ食べてるやん

これがリンゴやったら、アッポーでもええねんけど

柿やからね

柿は英語でパーシモンですよ

ようけ食うなあ

あんだけでかいと、いっぱい食べな

もたへんのやろな

今度は柿の木に噛り付いたがな

凄いなあ

野獣やなあ

ボブ・サップよりも遥かにビーストやがな

ああ、ようやく満足したみたいやなあ

歩き出したがな

せやけどゆっくりやな

ほんまに馬場さんゆっくりや

まあ食後は急に動いたら体に悪いからな

馬場さんぐらいになると

その辺熟知してはんのやな

今日はなんかええもん見たわ

柿は食えへんかったけど、ええもん見れた

あっやばい

家の人出てきた!

いや、違うんです

これ僕がやったんと違うんです

馬場さんです

そうそう、ジャイアント馬場

だいたい僕の身長やったら届きませんよ

馬場さん、ゆっくりやからまだその辺おるとんとちゃうかな

ほらほら、あっこにいるでしょ

ちょっと僕、呼んでみますわ

馬場さーん! ちょっと戻ってきて!

家の人呼んでますよ

馬場さーん!

うーわ、なんやねん

めっちゃ早足で逃げていったやん

ほんまは、はよ動けたんかいな

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のび太の発言から見て取れる差別意識

のび太はドラえもんに助けられてというか、甘やかされてばかりいるイメージがある。

だが時折ロボットを差別しているとしか思えない発言がある。

『かぜぶくろ』という話で、のび太はドラえもんに対してこんなことを言っている。

『ばかとロボットは、かぜをひかない』

あれだけ世話になっておきながら、ロボットに対する無意識の差別意識が垣間見れる貴重な瞬間だ。

これが『ロボットはかぜをひかない』なら、何も問題ないのだが、馬鹿と並べることに悪意を感じる。

しかし、漫画に出てくるロボットというのはよく差別されている。

その最たる例が

『魁!!クロマティ高校』というギャグ漫画に出てくるメカ沢新一だ。

彼はなぜか高校生という設定で、ロボット差別ネタでかなり笑いを取っている。

ボタンひとつで初期化されるなど、相当ひどい扱いを受けていたりする。

メカ沢くんの弟で「メカラッタ!」としか喋れない『メカ沢β』なんか

誤ってゴリラに体を踏み潰され、ぺしゃんこになっていた。

なぜロボット差別が笑いになるか?

当然ながら我々がロボットではないからだ。

ロボットに心はないのだろうが、もしロボットがクロ高を読んだら、はらわたが煮えくり返るのではなかろうか?

ここには明らかに、人間という優位な側から、ロボットを見下ろしている、という構図があるのだ。

前にある週刊誌にピーター・アーツが日本人に対して行った“ナンパ”の証拠というのが載っていた。

英語の走り書きで紙に何か書かれており、その隣に日本語訳が載っていた。

確かこんな内容だったはずだ。

『この店を出てどこかへ行かない? このことは近くにいる黒人には内緒だよ』

この“黒人”はアーツと一緒に店へ来ていたアーネスト・ホーストを指している、と週刊誌には書かれていた。

僕はここからアーツの差別意識みたいなものが薄っすら漂ってきている気がした(ちなみにホーストはスリナム共和国というアフリカの出身だが、国籍をアーツと同じオランダに移している)。

恐らく白人側から見下ろした有色人種蔑視のユーモアというのは、かなりの数あったはずである。

現にモンティ・パイソンを見ていても、黒人差別をモロにやっているネタがあった。

これはバロウズの『ターザン』も然りである。

百年前と比べると、建前上は差別してはいけない、という風潮にはなっている。

しかし白人たちから、我々有色人種に対する差別意識がなくなったとは到底思えない。

だからこそ、時折オフレコであるはずの有色人種蔑視発言が、外部に漏れて問題になり、“建前上”謝罪するということがある。

だがこれはなくならないものだと思う。

自分と他者を比較して優越感に浸るというのは、多くの人間に備わった“習性”なのだ。

かなり仲の良い、のび太とドラえもんの間にですら、差別意識は存在するのだから。

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『オモライくん』 永井豪

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この前、筒井康隆氏の『本の森の狩人』という本を読んでいたら、永井豪氏の『オモライくん』を紹介していた。

『本の森の狩人』は、筒井氏お薦めの小説を紹介していくという本なのだが、その中で唯一、含まれていた漫画が『オモライくん』なのだ。

これは読んでみないと思い、何とか手に入れ目を通した。

想像以上だった。

こんなに汚い漫画は久しぶりに見た。

本当に汚い。

読んでいて何度も目をそむけたくなった。

でも面白い。

だからついつい読んでしまうのだ。

僕は汚い作品に対する耐性は強い方だと思う。

筒井氏の『最高級有機質肥料』や『俗物図鑑』を読んでも

数時間後にはいつも通り食事ができた。

しかし『オモライくん』はダメだ。

後を引く。

言っておくが面白いのである。

ある意味、漫画史に残る作品だ。

ブラックジョーク好きな人なら、多分大好きだろう。

でも汚い。

何度も言って申し訳ないが、本当に汚いのだ。

その手の話がお嫌いな人は、どうかこの先を読まないでいただきたい。

『オモライくん』に収録されている、とっても汚い話を紹介する。

『恐怖のアカ笛』という話。

オモライくんは乞食なので、縦笛を持っていない。

しかし、気転? を利かせて

自身の体にまとわりついている“垢”をこそぎどって

垢でできた縦笛を作ってしまう。

しかし、この垢笛と音楽の音川先生の縦笛が、ひょんなことから入れ替わってしまう。

何も知らずに垢笛を吹く音川先生。

笛は段々と溶け始める。

ネバネバと粘り気を出し始め溶けていく。

必死に溶け始めた垢笛を吹く音川先生。

ドロドロになった垢笛は、音川先生の口にまとわりつき

得たいの知れない物体(垢なのだが)となってしまう。

そして午前十時二十分、音川先生は発狂してしまう、というオチ。

オモライくん、これだけ汚いのだから、さぞ差別を受けているかと思えば

そんなことはない。

確かに避けられてはいるが、心底嫌われているわけではないのだ。

その証拠に、『恐怖のアカ笛』の冒頭で

お腹についた垢をそぎ落とそうと、刃物を腹に当てようとした際

クラスメートから

『笛が買えないくらいで、ハラきるなー』

と心配される。

クラスメートは、彼が切腹しようとしていると、勘違いしたわけである。

このオモライくん、底抜けに明るい。

いつもにこにこと笑っている。

この明るさが、ギリギリで作品を成立させているような気もする。

実はオモライくんが原因で、受け持った教師が次々に死んでいくのだが

それでも彼はケラケラ笑っている。

それにしても、これを週刊少年マガジンで連載していたというのが凄い。

ガロなどの雑誌にブラックな作品が載るのはわかるのだが

少年誌にこの手の作品が掲載されるというのは

アッパレという他ない。

少年ジャンプに連載されていた『ハレンチ学園』もそうだが

今読むと「これを商業誌でやってたの? しかも少年誌?」という驚きがまず先に立つ。

今の少年誌ならありえない。

筒井氏もそうなのだが、超一流のクリエイターというのは

そのジャンルでできることを最大限に模索し、読み手に

「こんなことまでやっていいんだ!」

という驚きを与え

同業者やクリエイター志望者から、羨望のまなざしで見られるのだ。

この『オモライくん』。ダイエットをしたい方にはかなりお勧めである。

毎日食事前に一話ずつ読めば、食欲がなくなり痩せること間違いなしだ。

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『インパクト・ワンを買わされた女』

僕は大きいレースだけ馬券を買うことにしている。僕の中では4月から6月まで、9月から12月までが競馬シーズンで、その他の月はほとんど買わない。

まあ買うと言っても、本当にお遊び程度で勝とうが負けようが大した金額にならない。買うと本気でレースを見るので、ちょこっとした興奮が手に入る。それが楽しいのだ。

この季節毎週、土曜の夕方か夜くらいになると、近くのコンビニまで出向きスポーツ新聞を買う。競馬の予想のためだ。

この前、競馬新聞を買いに、いつものコンビニへ赴いた。

その日は珍しくレジが混んでいた。

僕は競馬新聞片手に並んでいた。

前には若い女性が立っていた。

右手にある出入り口付近には、背広の男性が直立不動でいる。

彼は僕の前の女性をじっと見ていた。

「何だろう?」と疑問が沸いた。

そういえば、前にいるミニスカートの女性の様子が妙だ。

『ビクッツビクッ』と体を震わせている。

トイレでも我慢しているのかなと思った。

そして女性の番が回ってきた。

しかし、なかなか口を開かない。

店員の男性も困っている。

「す、すいません」

ようやく話し出す女性。

「マ、マイルドセブンの、イ、インパクト、ワ、ワンをくっくっくください」

誇張していると思われそうだが、本当にこんな感じだった。

『もしかしてあれか?』

と思った僕は一歩進み出て、耳を澄ませた。

すると女性の股間の方から微かに『ウィーン』という音が聞こえてきた。

出入り口の男性に目をやると、ニヤニヤしていた。

ここで僕は確信した。

この女、下着の中に振動物を入れられているなと。

そして、入り口の男がニヤニヤしている意味も。

清算が済み、女性は出ていった。

僕は競馬新聞のお金を支払いながら、店から出ていった男と女を見た。

男は自動ドアの向こうで、『よしよし』といった感じで

女の頭を撫ぜていた。

AVでは見たことがあったが、実際にやる人がいるんだなという発見があった。

もしかして『インパクトワン』を買わせたのは、最後に『ワン』という言葉が入るので、犬みたいな感じがして興奮するからではないか?

それはいささか深読みしすぎだろうか?

大国町恐るべし。

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ツッコミ芸人の中にある“普通さ”とは?

この前の『めちゃイケ』で、ナイナイの岡村隆史氏がテレビ復帰を果たした。

僕は『ナイナイのオールナイトニッポン』のヘビーリスナだったので、素直に喜ばしいことだなと思った。

岡村氏が休養している間、笑っていいとものテレホンショッキングに出た矢部氏が

『僕は普通の人なんで、隣にちっちゃいおっさん(岡村氏のこと)がいないと何も起こらないんです。横に変な人がいるから、ツッコめるんです』

といった趣旨のことを口にしていた。

これは本当にその通りだと思う。

コンビタレントが売れる場合、ツッコミがある程度、普通の方が売れるのではないかと最近、感じ始めた。

これは確か松本人志氏が言っていたはずだが、ボケはセンスなので努力しても根本的には変わらない。面白いものを持っている人はずっと面白いし、そうでない人はずっとそうでないらしい。

しかし、ツッコミは努力次第で上達するのだそうだ。

もしダウンタウンのように、ボケが相当にマニアックな資質を持っているとしたら、ツッコミは媒介となって、そのボケを視聴者に分かりやすく伝える役割を果たすようになる。

ツッコミは、ボケと一般視聴者の中間ぐらいの感性、が理想的ではないか。

もしこれがバッファロー吾郎のように、二人ともマニアックな資質を持っていたら、芸人受けはするものの、一般の視聴者には中々伝わりにくく、売れるまでに相当時間が掛かってしまう。

野生爆弾もマニアックだと思うが、彼らの場合、少しケースが違う。

もちろんボケの川島氏の資質を踏まえた上での話ではあるが、本来は基準となるはずであるロッシーが天然すぎるため、マニアックになっている側面はあるだろう。

リットン調査団は、一般的な部分が二人とも無さ過ぎて、いまや芸人のみにしか受けない芸人になってしまった。

そういえばチュートリアルのツッコミ、福田氏も情熱大陸で「僕は普通の人なんで」と言っていたし、爆笑問題が同じく情熱大陸に出た時に、田中氏に関するアンケートが取られていたが、「いつでも普通でい続けられるところが凄い」との声が非常に多かった。

当の田中氏も「自分が売れたのは運が良かったから(才能のある太田氏と巡り合えたという意味)自らの力で道を切り開いたりはしていないし、特に自分を磨くこともしていない」と言っていた(もちろん全く努力していない訳はないが)。

卑下している訳ではなく、客観視できているのだろう。

これが漫画家、小説家といった基本的にひとりで世界を構築し、伝える必要がある人たちに置き換えると、どうなのか?

僕が最も尊敬する漫画家、藤子・F・不二雄さんの言葉を借りて、締めさせていただこう。

『「人気まんが」を描こうとする時、描き手は普通の人でなければならない、と言うのが僕の考えです。つまり、そのまんがの描き手と読者との間に、共感を持つ部分が沢山あったと言う事なのです。(中略)しかし、ただ単に「普通の人」だけであったのでは、漫画は描けません。プラスアルファーとして、なにか自分だけの世界を、最低一つは持っているべきなのです。必ずしもまんがに直結したものでなくてもいいのです。釣りが上手であるとか、模型作りに熱中するとか、SF小説を読みあさるとか。そういったことが、その人の奥行きになって、しごくありふれたものにプラスして、何か個性みたいなものが生まれてくるんじゃないか、と思うのです』(『藤子・F・不二雄自選集 ドラえもん』上巻より)

やっぱりF先生は素晴らしい。

一般性のある、凄く分かりやすい言葉で我々に伝えてくれる。

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究極の不労所得とは?

不労所得という言葉を調べてみると……

『それを得るために労働する必要のない所得のこと』

とあった。

利子や配当なども不労所得に入るそうだ。

その昔『ブルセラ』というものが流行った。

自身が着用したブルマやセーラー服を、そういった嗜好のある人たちに売る商売である。

これなんかも不労所得と言えるだろう。

芸能人が身につけた物が、たまにオークションに出されていたりする(チャリティー関連が多い)。

これなんかも労働に対して発生するお金ではない。

最も、肝心の芸能の方で頑張っているから、着用したものに価値が出るのである。

ネームバリューがあるほど、それだけ実績があるということだから、肝心の部分で頑張っていないと、身につけただけで価値が出るとこまで行かない。

アイドルがDVDの中で着用したTシャツがオークションに出されているのを見た事がある。何万円かの値がついていた。

これらを落札したいファンの心理は、自分の応援するアイドルが関わった全てのものをコンプリートしたい、というものではなかろうか。

Tシャツではなく、もしこれが直ばきした下着などだったら、相当な値がつくはずだ。

しかし、それをした時点で、メインの仕事の方に影響が出るのは必至だろう。

清純派アイドルというのが、現在いるのかはわからないが、いると仮定して話を進めると、そういう露骨なことをした時点で清純派ではなくなってしまう。

AKB48のように何人もその対象がいる場合は、やり方によって結構な商売になると思う。

もっと露出の高いグループで、完全にエロをコンセプトとしているならば、そういった不労所得を最初から考えながら、ビジネスを動かせるかもしれない。

それにしてもである。

太った汚らしいロンゲの髭オヤジである麻原彰晃は、自分が浸かった風呂の残り湯や排泄物を数万円で信者に売りつけていた。

信者が欲しがったとはいえ、これ以上あこぎな不労所得はない。

自分が好きなタレントの排泄物が欲しい!

真剣に思った時点で、もうその人はファンではなく、そのタレントの信者だと判定して、いいのかもしれない。

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『インタビューwithキタイ花ん』更新情報

キタイ花んに出演されている芸人さんへ、インタビューをやらせていただいております。

今回は『握り拳』のお二人にお話を聞かせてもらいました。

こちら⇒インタビューwithキタイ花んで、記事を公開しておりますので、興味がおありの方はぜひご覧下さいませ。

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『のどちんこ』を考える

口蓋垂(こうがいすい)というのは、“のどちんこ”の正式名称だ。

当然ながら女性にも、のどちんこがある。

これだけ言葉狩りがされてきたにもかかわらず、のどちんこ、というあまりに露骨な言葉が残っているのは興味深い。

ちんこの定義は何かなと思い、辞書で調べてみると……

『男性性器の幼児語。ちんぽ、ちんぽこ』とあった。

のどちんこの写真などを見てると、成人男性よりは子どものそれに近い。

のどちんこという呼称が定着した瞬間、女性も体内にひとつ『ちんこ』を持った事になる。

見方を変えれば、全女性は“ふたなり”なのである。

それが嫌なら切除してはいかがだろう?

のどちんこがなぜ人についているのかは、未だ解明されておらず、無くなっても別段、支障はないらしい。

ちなみに『オオイヌノフグリ』という名前の花もある。

“ふぐり”の意味がわからない良い子のみんなは、自分で調べてみようね!





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『土佐犬ジョン』《創作物》

ワンワンうるさいなあ

誰もいてへんのかいな

大型犬の声は野太くて嫌やなあ

土佐犬なんて飼うんやなかったかなあ

散歩は大変やし、食費はかかるし

ああっもう、うるさい!

なんや、ジョン

何を吠えてんねん

何が不満やねん

えっ道路か?

道路に猫でもいてんのかいな

こらこら、お前

鎖付いてへんのをええことに

勝手に外出たらあかんて

あーあ、行ってもうたがな

なんやねん

そこに何があるねん

お前の体で見えへんやないか

ちょっと、どきなさい

うーわ、きったなあ

吐瀉物やないか

この辺飲み屋多いからな

たまにあるねん

オエーッってやりよんねんな

やめろってジョン

そんなもんの臭い嗅ぐんやないで

さっき餌あげたやないか

みっともないなあ

うちが何も食べさせてないみたいやないか

あージョン!

お前まで吐いてどないすんねん

そんな汚いもん嗅ぐからそうなるねん

もうお前はあれやな

土佐犬言うより吐瀉犬やな

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