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『時間がなければ自由もない 尾崎豊覚書』  須藤晃

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ずいぶん前に買ったまま読んでなかった尾崎豊関連の本を読んだ。

僕は尾崎豊が大好きで、彼の出したアルバムは全て買っている。

『時間がなければ自由もない』

という身も蓋もない本のタイトルだが、実に興味深い内容だった。

著書の須藤晃氏は尾崎豊がデビューした際に担当を受け持った音楽プロデューサーだ。他にも浜田省吾なども受け持つ敏腕プロデューサーである。

なるほどなと思ったのが、尾崎豊は十代のうちにリリースした、最初の三枚のみが傑作だという説だ。

尾崎豊で知っている曲は? と問われれば

『I LOVE YOU』

『卒業』

『15の夜』

『OH MY LITTLE GIRL』

などを挙げる人が多いのではないだろうか。

驚くことにこの上記の四曲のうち三曲がデビューアルバムである『十七歳の地図』に収録されている。

卒業も二枚目の『回帰線』に収録されている。

須藤氏は三枚目までが傑作というが、実は二枚目までだと僕は思う。

それくらいこの二枚のアルバムは名曲揃いだ。

須藤氏の分析では、尾崎豊が熱狂的に支持された理由。それは世間の勘違いだという。

そして稚拙さゆえのストレートな作品が、色々なタイミングもあってピタリとはまり、尾崎豊は結果的に“カリスマになってしまった”と、須藤氏は記している。

尾崎豊と須藤氏は一度、疎遠になった後、また再会する。

最後のアルバム『放熱への証』の際、須藤氏は何度も「分かりづらいよ。尾崎」と伝えたという。

尾崎豊の曲は後期になればなるほど、観念的になっていく。

アルバムのタイトルの『放熱への証』も、ぱっと聞いただけでは何のことか分からないし、その中に収められている『贖罪』や『原色の孤独』という曲名も、初期の作品と比較すれば分かりづらくなっている。

クリエイターやアーティストというのは、作品を重ねるにつれてテーマが重層化していく場合が多い。

だから初期の方がわかりやすく、伝わりやすいエンターテイメント作品になっているケースがよく見られるのだ。

ファーストアルバム『十七歳の地図』に収録されている『僕が僕であるために』なんか、タイトルからして非常に分かりやすい。

最近、尾崎作品を聞きなおして思うこと。それは『人よりたくさんの悲しみを抱えていた』ということだ。

幻冬舎を立ち上げた出版界の風雲児、見城徹氏は新宿の雑踏の中に流れてきた『シェリー』という曲を聴き、「なんて切なさを背負った人なんだ」とショックを受けたそうだ。

その後、尾崎豊の事務所に通い続け、尾崎豊に処女小説『誰かのクラクション』を出版する運びとなる(ちなみのこの本は30万部のベストセラーを記録した)。

そんな見城氏もやがて尾崎豊と袂を分かつことになるのだが、ある意味、尾崎豊の死は仕方が無いと捉えていたそうだ。

破滅に向かっていたのだから、いずれにせよ若くして亡くなるのは運命だったのではないかと。

須藤氏は

「尾崎豊はナンバーワンではなくオンリーワンだった。第二の尾崎豊なんて現れるわけがない。僕は彼のことを本当に愛していた」

「だがもう尾崎豊みたいな人間とは出会いたくない。本人は猛スピードで生きているのだから、必然的に周囲の人間は火傷をしてしまう」

と痛切に書き記している。

尾崎豊が死しても依然、作品は残り続けていくのだが、同時に彼は近しい人に痛みの癒えない深い傷を残したのではないだろうか?

その鋭い刃が自分に向かったのだとすれば、彼の夭逝はある意味、必然だったと言えるのかもしれない。

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