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おすすめ漫画『るみちゃんの事象』

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さて、久々のおすすめ漫画なのだが原克玄さんのギャグ漫画『るみちゃんの事象』である。

コンビニでスピリッツを立ち読みして、ぶったまげた。

久々にキチ○イ級のギャグ漫画が連載されているではないか!

むろん、狂っているというのはギャグ漫画に対する最大の賛辞だ。

このるみちゃん、ひたすらボケまくる。

一話辺りのボケ数は相当な物だろう。

そのるみちゃんに、時には呆れながらも、程よい距離感でツッコミを入れるのが友人のクミちゃん。

クミちゃんなしに、この漫画は成立しない。

彼女が唯一の常識的存在である。

まあ僕がウダウダ言うよりも、読んでもらった方が早いので、ぜひ一度お読みください。

シュールといえばシュールなので、読者を選ぶかもしれないが、ハマる人はどハマリする事うけあいだ。

こんなギャグ漫画が、平成25年に生き残っているとは、感無量である。

あと、関係ないけど、スピリッツの巻末に掲載されている中崎タツヤさんの2ページ漫画『じみへん』も、相変わらず面白い。

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不思議な4コマ漫画

ヤングチャンピオンで連載されている『オンノジ』という4コマ漫画がある。今年の4月から連載が始まった。

作者は『森のテグー』を描かれた施川ユウキ氏。

この漫画は、非常に不思議だ。

主人公の少女以外に、ほとんど誰も登場しないのだ。

ある日、突然街から人がいなくなり、少女は辺りをうろつきながら謎を探っていく。

基本的にツッコミの役割をする人間がいないので、自分でボケて、それに対して大きなリアクションを取るというのがパターンである。

雨に濡れた鯉のぼりを見て「水を得た魚だね」と、上手いこと言ってみたものの、当然ながら誰も聞いている人はいない。

なぞかけを一人でやって、物凄く上手いこと言えたのに、やはり聞いてくれる人は誰もいない。

読んでいるうちに切なさがこみ上げてくる作品ではあるが、妙に後に残るのだ。

興味を持たれた方はぜひ、お読みになって欲しい。

蛇足ながらこの少女、せっかく才能を有しているのに、ネタハガキの発表の場である、ラジオ番組自体が無い世界で生きている、ハガキ職人みたいなもんである。

存在そのものが哀しいのだ。

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『オモライくん』 永井豪

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この前、筒井康隆氏の『本の森の狩人』という本を読んでいたら、永井豪氏の『オモライくん』を紹介していた。

『本の森の狩人』は、筒井氏お薦めの小説を紹介していくという本なのだが、その中で唯一、含まれていた漫画が『オモライくん』なのだ。

これは読んでみないと思い、何とか手に入れ目を通した。

想像以上だった。

こんなに汚い漫画は久しぶりに見た。

本当に汚い。

読んでいて何度も目をそむけたくなった。

でも面白い。

だからついつい読んでしまうのだ。

僕は汚い作品に対する耐性は強い方だと思う。

筒井氏の『最高級有機質肥料』や『俗物図鑑』を読んでも

数時間後にはいつも通り食事ができた。

しかし『オモライくん』はダメだ。

後を引く。

言っておくが面白いのである。

ある意味、漫画史に残る作品だ。

ブラックジョーク好きな人なら、多分大好きだろう。

でも汚い。

何度も言って申し訳ないが、本当に汚いのだ。

その手の話がお嫌いな人は、どうかこの先を読まないでいただきたい。

『オモライくん』に収録されている、とっても汚い話を紹介する。

『恐怖のアカ笛』という話。

オモライくんは乞食なので、縦笛を持っていない。

しかし、気転? を利かせて

自身の体にまとわりついている“垢”をこそぎどって

垢でできた縦笛を作ってしまう。

しかし、この垢笛と音楽の音川先生の縦笛が、ひょんなことから入れ替わってしまう。

何も知らずに垢笛を吹く音川先生。

笛は段々と溶け始める。

ネバネバと粘り気を出し始め溶けていく。

必死に溶け始めた垢笛を吹く音川先生。

ドロドロになった垢笛は、音川先生の口にまとわりつき

得たいの知れない物体(垢なのだが)となってしまう。

そして午前十時二十分、音川先生は発狂してしまう、というオチ。

オモライくん、これだけ汚いのだから、さぞ差別を受けているかと思えば

そんなことはない。

確かに避けられてはいるが、心底嫌われているわけではないのだ。

その証拠に、『恐怖のアカ笛』の冒頭で

お腹についた垢をそぎ落とそうと、刃物を腹に当てようとした際

クラスメートから

『笛が買えないくらいで、ハラきるなー』

と心配される。

クラスメートは、彼が切腹しようとしていると、勘違いしたわけである。

このオモライくん、底抜けに明るい。

いつもにこにこと笑っている。

この明るさが、ギリギリで作品を成立させているような気もする。

実はオモライくんが原因で、受け持った教師が次々に死んでいくのだが

それでも彼はケラケラ笑っている。

それにしても、これを週刊少年マガジンで連載していたというのが凄い。

ガロなどの雑誌にブラックな作品が載るのはわかるのだが

少年誌にこの手の作品が掲載されるというのは

アッパレという他ない。

少年ジャンプに連載されていた『ハレンチ学園』もそうだが

今読むと「これを商業誌でやってたの? しかも少年誌?」という驚きがまず先に立つ。

今の少年誌ならありえない。

筒井氏もそうなのだが、超一流のクリエイターというのは

そのジャンルでできることを最大限に模索し、読み手に

「こんなことまでやっていいんだ!」

という驚きを与え

同業者やクリエイター志望者から、羨望のまなざしで見られるのだ。

この『オモライくん』。ダイエットをしたい方にはかなりお勧めである。

毎日食事前に一話ずつ読めば、食欲がなくなり痩せること間違いなしだ。

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『キテレツ大百科』 藤子F不二雄

藤子F不二雄先生の全集が去年、発売された。全巻予約したかったが、お金がないのでできなかった。

この前、古本屋へ寄ったら『キテレツ大百科1』『キテレツ大百科2』が棚に並んでいた。

僕は迷う事なくこの二冊を購入し、すぐに帰宅し夢中で読み耽った。

まず大きなサイズでこの漫画を読めるというのが嬉しい。

『キテレツ大百科』はドラえもんと多くの類似点がある。

キャラクターの立ち位置としては、しずかちゃんがみよちゃん、ジャイアンがブタゴリラ、トンガリがスネ夫に当たる。

そして二つともSF漫画に分類される(もっともF先生曰く、サイエンスフィクションではなく少し不思議の略らしいのだが)。

だが決定的に違うのは、主人公である。

キテレツはのび太と違って能動的なのだ。彼は科学オタクの少年である。ある日、キテレツは自身の先祖であるキテレツ斎の残した『奇天烈大百科』という書物を父親から渡される。白紙で何も書かれていないと思われた『奇天烈大百科』だったが、神通鏡というメガネをかける事で、そこに書かれた内容を読み取る事が出来ると知り狂喜乱舞する。そこに書かれた数々の発明品を自らの手で作り上げていくというのが大筋である。ちなみにコロ助は最も最初に作られ、漫画内で重要なキャラクターとなる。

あとは大人になってから読むと、いい台詞が多い事に気づく。

受験勉強のしすぎてノイローゼ気味になっていた勉三さんを遊びに連れ出したキテレツは山で相撲をとろうを提案する。

「よおし、ぶっ飛ばしてやる」と迎え撃つ勉三さんだったが、キテレツに投げられてしまう。

「英ちゃん、強くなったなあ」と微笑む勉三に、キテレツは言う。

「勉三さんが弱くなったんだよ。勉強ばかりしてたから」と。

結局、最近の自分はゆとりをなくしていたと言って、息抜きの重要さを知る勉三さん。

またキテレツが『しん気ろう鏡』という、しん気ろうを作り出す装置を作るのに望遠鏡が必要になる。だがお金がないので買えない。見かねたキテレツのパパがこれで望遠鏡を買いなさいとお金を差し出し、それを受け取ったキテレツが言う。

「やっぱりパパは甘いなあ」

すると、パパは「甘やかしてるんじゃないよ」と返す。

「きみにはなにかを作り出す才能がある。できるだけのばしてやりたいと思ってね」、と肩に手を置きながら優しく話す。

心温まるいい場面だ。

改めて思うが、子どもが見ても楽しめて、大人が読んでも感銘を与える作品を作りつづけたF先生は偉大だ。

それについて、あとがきで『新キテレツ大百科』の作者である田中道明さんはこう書かれている。

「F先生は自分の子どもの頃の記憶を日記のように重ねて書いている部分があるため、細かい部分まで説得力が出て、自分の血肉が通った作品になったのではないだろうか」と。

僕はこのあとがきを読んだだけで、この本を買って良かったと思った。

あとがきには、他にも“話を量産するための秘訣”が書かれている。

それが何か気になる方には、実際に購入する事をお薦めしたい。

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『永沢君』 さくらももこ

これまで『ちびまる子ちゃん』と『神のちから』と、さくらももこの漫画を二冊取り上げてきたが、今回は『永沢君』について書きたい。

ご存知『ちびまる子ちゃん』のスピンオフ漫画。

Nagasawa ちびまる子ちゃん内でも、いい味を出している永沢君の中学時代を描いたものなのだが、まあ妙な味わいのある漫画である。

アメトークで『中学校の時にイケていないグループに所属していた芸人』という企画をやっていたが、『永沢君』に出てくる藤木、小杉といったキャラクターは完全にイケてないグループに所属している。

イケてないグループがメインになっているわけだから、必然的に話が暗くなる。でもそれが毒々しくて面白いのだ。

さくらももこの暗黒面が遠慮なく発揮されている。

彼女はよく愚鈍な人間が嫌いと、いろいろな所で書いているが、倉田君という愚鈍を絵に描いたような男子が出てくる。永沢君に視力はいくつか尋ねられた倉田君は

「視力ってなんだっけ?」

とすばらしい返し方をするのだ。

花輪君もたまに出てくるのだが、彼は完全にイケているグループ(といっても花輪君は派閥を嫌う性格なので、取り巻きの女子といる事が多い)に所属している。

最初に永沢君を読んだ時、僕はまだ十代だった。『ちびまる子ちゃん』のような健全さを求めていたので「なんだこの漫画は……」と、顔に縦線を入れまくりながら、かなり戸惑った覚えがある。

しかし、今になって読んでみると、実に面白い。

ただ苦いものでしかなかったビールを、いつの間にか美味しく感じるようになっているのに似ているかもしれない。

一番好きなのが『ラジオ』の回だ。

実はハガキ職人の藤木(ペンネームはキジフ・ゲルーシ)に、永沢君が対抗心を燃やして、ラジオにネタハガキを送る。

どんな内容かというと

“うんこを利用しよう”というコーナーへの投稿で

①うんこを乾燥させて乾燥イモのかわりに食べる

②うんこを絵の具にして絵を描く

といった感じだ。

ちなみに永沢君のペンネームは、キンタマネギ男である。

しかし、残念ながらこのハガキ、ラジオ局に届かず、宛名違いで自宅に戻ってくる。

それを読んだ母親が

「うんこだかなんだか知らないけど、夜中に遅くまでこんなものを書いていたのかい」

と情けない顔になり

「……さんざん育てて、キンタマネギ男かい……」

と、ついには涙を流してしまう。

そういえば、僕が中二の頃、友人に年賀状を出したのだが、その時に

「あけまして、おめ○!」

と、物凄いバカな絵を描いて送りつけたら、住所が間違っていて家に戻ってきてしまい、母親にそれを見られ赤面した記憶がある。

しかし、今考えると、戻ってこなくても相手の親に、年賀状の内容を見られる可能性が高いわけで、どちらにせよ恥ずかしい行いだったと言わざるをえない。

まあ中学生男子なんて、こんなものである。

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『電影少女』 桂正和

211q2601gkl お盆の間、少し実家に帰っていたのだが、その時に本棚にあった『電影少女』が目に付いたので、手にとって読んでみた。

この漫画は僕が小学校の頃に、週刊少年ジャンプで連載されており、リアルタイムで読んでいた記憶がある。思春期に足を踏み入れようか、という時期の小学生には、ほどよくエッチな漫画で、友達と「今週号は凄かったなあ」と、鼻息を荒げながら語り合ったのが懐かしい。

僕はその頃、『電影少女』を単なるエロい漫画としか捕らえていなかった。ヒロインであるもえみちゃんは、女の子らしくて可愛いなと思っていたのだが、ビデオガールである、あいは、主人公であるヨータ(ヨーダじゃないよ)の前でも、平気で裸になるし、なんだかなとあまりいい印象を持っていなかった。

読み直してみると、先が気になってとまらなくなってしまった。僕は基本的に恋愛系の話はあまり読まないのだが、これは掛け値なしに面白いと思った。作者自身も語っているが、心理描写が徹底している。漫画を読んでいる途中、ふと新海誠監督の『秒速5センチメートル』を思い出したぐらいだ。

あと、巻数の割りには登場人物が少ない。連載となると、次々とキャラクターを増やしていく漫画も少なくないのだが、この漫画にはそれがない。いわゆる捨てキャラというのが出てこない。それぞれに役割があり、血肉が通っている。あまり好きではなかった、“あい”が非常にいじらしく思えてくる。

実家では11巻までしか読まなかったので、その続きを自分の家に持って帰ってきて読んだのだが、なんと巻末で桂正和氏と今、世間を賑わせまくっている酒井法子が対談をしていた。

この頃は、まだシャブに手を出していなかったんだろうなあ、とかいらん事を考えながらその対談を読んだ。どうやら酒井法子がアニメビデオ『電影少女』の主題歌を歌っていた事から実現した対談だったようだ。

ちなみに『電影少女』を読みながら思ったのは、まだこの頃って全く携帯電話が普及していなかったんだなという事。もし、携帯が登場していたら、結構話が変わっていたように思う。特にもえみちゃんが、留守番電話機能付きの電話を買う、という話はまんま無くなっていた可能性が高い。

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『21エモン』 藤子F不二雄

21 僕はどちらかというと藤子F不二雄先生よりもA先生の方が好きなのだが、でもどちらの先生方も尊敬しているのには、間違いない。

中でも『21エモン』は、マンガがボロボロになるまで読み込んだ愛着のあるマンガだ。

この前、ボタンポン星の事をふと思い出した。

『21エモン』の最後の方の巻で、主人公である21エモンがボタンポン星を訪れる。

この星はハイテク化が進んでおり、何でも機械が代わりにやってくれる。

ボタンを押すだけで、全てが可能になっているのだ。

ちなみに、この上を行くのがボタンチラリ星で、ボタンを押すまでもなく、チラリと見るだけで事足りるという物凄いテクノロジーを持っている。

ボタンポン星は、ボタンチラリ星の人たちに劣等感を持っているのだが、それはさておきボタンポン星へ降り立った21エモンが、歩いているとベルトコンベアーに乗った老人たちがいる。どこかへ運ばれているのだが、不思議に思った21エモンが老人に尋ねると

「0次元に行くのだよ」

という答えが返ってくる。

「0次元って何?」と質問する21エモンに、老人は答える。

「この星では医療が発達しすぎて、死ぬ事ができないんだ。だから死にたくなったら0次元に入るんだよ」

老人の後ろの椅子に座っていた21エモンは慌てて、そこから脱出する。

小学生の頃に読んだのだと思うが、読みながらぞっとした記憶がある。

色々な人が指摘しているが、このボタンポン化現象は、現代の日本で進んでいる。

欲しいものがあれば、マウスをクリック(すなわちボタンをポン)するだけで、ネットで色々な物を買う事ができ、家まで配達してくれる。

そう言えば、福祉の発達している北欧は自殺率がかなり高いらしい。(日照時間の短さも関係しているらしいのだが)。

難しいもので人間というものは、過度なストレスに晒されると潰れてしまうのだが、全くストレスのない状態が続くと、今度は逆にそれが原因で鬱状態になる傾向にあるようだ。

このように優れたSF作品というものは、未来を予言する。

F先生、恐るべしである。

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『箱舟はいっぱい』 藤子・F・不二雄 異色短編集3

今まで読んだ漫画の中で、最も衝撃を受けたもの。

それが『藤子・F・不二雄 異色短編集』のシリーズである。

ほとんど子ども向けの作品ばかりを描いてきたF先生が、大人向けに書いたのがこのシリーズ。まさに名作ぞろい。外れがまるでない。

最初のつかみ、後半に行くにつれての盛り上がり、そしてラストページでの裏切りなど、ストーリー作りの基本が詰まっている。

ここから先はネタばれになるが、僕が衝撃を受けた収録作を紹介する。

『箱舟はいっぱい』という異色短編集の3巻に収められた『イヤな イヤな イヤな奴』という話。

Hakobune 宇宙船で行われている、トランプの賭博シーンから話は始まる。服務規程で禁止されている船内賭博をやっている四人。一触即発の空気。長距離宇宙船に乗っているため、かなりストレスが溜まり関係がぎくしゃくしている。

そこへ遅れて入ってくる整備士のミズモリ。彼はちょっとカイ・シデンとかぶるのだが、いつもヘラヘラしていて、どこか人を小ばかにしている節がある。笑い方までが、人を苛立たせる。

他の船員たちは、賭博でミズモリに貸しを作っている。他のキャラクターは、感情の起伏が表れやすいので、ミズモリのキャラが浮き立って見える。

時間が進むにつれて、ますます関係が悪くなる船員たち。不思議な事に、もう少しで大喧嘩となると、どこからともなくミズモリが現れて、怒りの矛先を自分に向ける。

ある日、ミズモリが何の前触れもなく、船内賭博の事を本社へ通報したと告げる。怒り狂う船員たち。他にも、通信士の飼うアルタイル犬を食べたとか、船長のクロスワードパズルを解いてしまったとか(ここだけなんだかスケールが小さいが)、矢継ぎ早に告白するミズモリ。

憤怒した船員たちは、ミズモリを追いかけ回す。

「リンチは厳禁だぞ」

というミズモリを容赦なく殴打する船員たち。部屋の電気を消し姿をくらますミズモリ。

彼が向かった先は原子炉。制御弁に手をかけて、近づけばロケットを吹き飛ばすと脅しにかかるミズモリ。

仕方なく避難する一同だが、共通の敵を前にいつの間にか団結しており、不穏な空気はどこかへ行っている。

そのままの状態で、地球へ帰還する宇宙船。

ラストのページ。ニホン宙運トーキョー本社に出向いているミズモリ。

誰かから札束をもらっている。どうやら、何かの報酬のようである。

お金を渡しながら「収めてくれたまえ。いいかせぎだねえ」と言うお偉方に

「でもありません。からだを張っての命がけの仕事ですからね」と答えるミズモリ。

やはり、へらへら笑っている。

最後のコマで下記のような解説が入り、ミズモリの正体が明らかになる。

<にくまれ屋>

人間は共通の敵の前で、もっとも強く結束する。この習性に目をつけた宇宙時代のビジネス。

そう、もしミズモリが実在するのなら、NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』に出られるほど、プロフェッショナルな男だったのだ。

久々にこの話を読んだ僕はある事を考えた。

日常生活で、ある一定の集団になると、いじられキャラというのが出てくる。

その定義を調べると

  • いじられて抵抗する
  • 恥ずかしがる
  • いじる隙が明確である
  • いじって痛々しくない
  • 反応が面白い
  • 反応する
  • 声を出す
  • ついついうかつなことを口にしてしまう
  • 可愛げがある
  • 自慢するべきことを恥じている
  • 間違った方向に優秀である
  • などらしい。『いじる』と『いじめる』は結構な類似が見られると思うのだが、一番の違いはやはり上から四つ目の“いじっても痛々しくない”だろう。

    こいつなら、耐えられると思えるから、安心してきつい言葉を口にできるのである。

    ということは、本格的な宇宙時代が到来した暁には、『にくまれ屋』ならぬ『いじられ屋』というビジネスが成立しそうな気がする。

    “いじられる”とは、愛されている事の証明なのかもしれない。

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    『神のちから』 さくらももこ

    Kaminotikara さくらももこは、シュールな人だ。と言うか、シュールな笑いが好きな人である。

    国民的漫画となった『ちびまる子ちゃん』は、一般受けしやすい漫画だ。著者の才能が豊かなので、メジャー用のネタとマイナー用とで、使い分けができるのだろう。

    クリエイターを大まかに分けると、メジャー、マイナーと媒体を問わずに作品を作れる人と、いわゆるガロ系といった描きたい物を表現するというマニアックな人の2パターンに分かれるのかなと思うが、さくらももこは明らかに前者だ。

    『ちびまる子ちゃん』のように、わかりやすいキャラクターギャグも描ければ、『神のちから』や『永沢君』といったシュールでブラック極まりない作品も描ける。

    『神のちから』は、本当にシュール極まりないとしか形容できない話が、たくさん収録されている。僕は、大好きな漫画なのだが、これを面白いと思うかどうかは、その人の好みに委ねられると思う。いきなりこれを描いて、投稿か持ち込みをしても、かなり高確率で「これはちょっと」と言われると思う。『さくらももこ』という名前があってこそ、初めて商売として成立するのだ。

    この前、『ちびまる子ちゃん』の3巻を読み返していて、「あっ」と思った。

    正月、まる子の家に親戚の子どもたちが集まるのだが、そこに『みどりちゃん』といった一風変わった女の子がいる。彼女は、まる子の祖父である友蔵の知り合いの家の娘で、親戚ではない。

    カルタでまる子、とかなりいい勝負をしたみどりちゃんだったが、一枚差で敗れてしまう。その後、悔し涙を流す彼女を見てまる子たちは

    「こんな遊びでも負ければ悔しがる、りっぱな血筋の子どもなんだな」

    と感心する場面がある。まあそれはいいのだが、その後まる子の母親がお雑煮を運んでくる。

    ハフハフ言いながらも、笑顔でお雑煮を食べる子どもたち。

    ここで、ポツリとみどりちゃんが言う。

    「…おぞうにって笑いながら走ってくる、かぶき役者みたい…」

    これは、さくらももこのシュールさが『ちびまる子ちゃん』の中で炸裂している瞬間だぞと、僕はひそかに感動した。

    まる子の返答はと言うと、顔に縦線を走らせながら

    「ふーん、………そう」

    と苦笑いを浮かべるだけなのだが、『ふーん』と『そう』の間の三点リーダーが三つ続くところがミソだ。それだけ、まる子が困惑しているという証拠である。

    ちなみに、『ちびまる子ちゃん』に出てくる登場人物の苗字(花輪、丸尾、みぎわなど)は、ガロでよく漫画を描いていた人たちの名前から取られている。

    こういう所にも、わかる人にだけわかる仕掛けがしてあるのだ。きっと、さくらももこはかなりの漫画オタクなのだろう。

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    『ハトのおよめさん』 ハグキ

    7andy_07066354 専門学校に通っていた頃、女性漫画家の先生がいた。この人はかなり笑いのセンスがあり、普段のしゃべりも達者だった。

    某雑誌にて4コマギャグを連載していたのだが、僕もギャグ漫画が好きなので、よくその手の話で盛り上がっていた。その先生に『ハグキ』という漫画家が面白いと聞いたのが、今から十年ほど前である。

    妙なペンネームなので、印象には残っていたのだが、どんな漫画を描いているかも知らなかったし、未読だった。

    去年、相方と一緒に合作をしている漫画を持って、東京に行ったときの事である。アフタヌーンへ赴いたのだが、その時漫画を読んでくれたのが『ハトのおよめさん』(通称、ハトよめ)の担当の方だった。あとで調べると作者はあのハグキ氏。

    さすがにこれは読まないと思いつつも、なんやかんやあって数ヶ月が経った。

    である日、競馬でちょっとだけ買った僕は、突如、『ハトよめ』を購入しようと思い立ち、ブックオフオンラインでハトよめを大人買いした(ちなみにアマゾンと同じく、1500円以上の注文で送料は無料になるシステム)。

    そして届いたのが数日前。

    読んでみると、これが面白い。猛毒である。

    『笑いとは毒である』

    そう言ったのは故・いかりや長介氏だったはずだが、その言葉のまんまの漫画である。

    『ハトよめ』の編集担当の方が、これは好きな漫画と嫌いな漫画のアンケートの両方に入るんですよと、言っておられた。

    確かにわかる気がする。『おぼっちゃまくん』、『稲中卓球部』などもそうだと思うのだが、ギャグ漫画というのは、好き嫌いがはっきり分かれる。

    受け付けない人にとったら、ただ不愉快なだけだ。

    でもスレスレの所を狙っているハグキ氏のセンスは、やはり抜群だと思う。一見すると、低レベルだと思えるボケも、実は高等技術を使っているのだ。

    はまるか、はまらないかは、あなたのセンス次第である。

    まあブラック・ジョークが嫌いな方に

    『ハトよめ』を読め! 

    と言うのは一種のハラスメントになるだろう。

    そんな『ハトハラ』をするつもりは、毛頭ないが、興味を持った方は、ぜひご一読を。

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